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2005年8月21日 (日)

「医行為」と心理職国家資格 : 建設的議論にむけて

「医行為」をめぐって激しい議論がかわされています。すでに法案要綱骨子に対する医療関係団体の反対声明にあるように、心理職国家資格は「医行為」で「保助看法解除」が前提との主張があります。

デスマさん>保助看法の一部解除で国家資格化すれば、医師の先生方からみれば整合性があってすっきりするとは思いますが、(医療現場以外で働く心理士)数千人をいないことにして法制化するのは、それはそれで困難が生じると思うんですよ。

何とか並び立つ方法が無いものかと思うんですが・・・。

「保助看法の一部解除」問題は長年の難問で、心理界が乗り越えられず分裂した歴史があるため、「並び立つ」アイデアは本当にほしいところです。

Psymioさん>一つの提案が日精協の「修正要求」ですが、これでは臨床心理士の方々は納得されないでしょう。やはり、距離は依然として遠いのです。残念ですが・・・対立してきた心理職の方々がまず一同に会して、忌憚ない意見交換するのが最も大切なことではないでしょうか。

心理職の対立の原因のひとつが「保助看法の一部解除」問題なので、この点については後の発言でpsymioさんも気にしておられます。Psymioさん(そしてichirouさん)の精力的なご発言で、この間の事情が本当にみえてきて、感謝です。

つなでさんしかし、状況はもう変化しています。心理職当事者がひとつのテーブルにつく方法について、何かいいアイディアのある方は、ぜひ教えてください。心理士会幹部で、どなたか話し合いに応じてくださる方々はないのでしょうか。第3者の仲介が必要というのなら、どのような方々にそれを依頼するのがいいでしょうか。

具体的な話し合いの場を考えていかないといけませんね。つなでさんの全心協と臨床心理士側を「つなぐ」立場はとても貴重と思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

デスマさん>医療領域に関しては、利害の対立は少ないと思います。

問題の焦点は、「他領域の心理職をどう処遇するか」という点であり、国家資格化「問題」の当事者は、医療領域ではなく、他領域の心理職だと、私は思います。

今回の議連の議員の動きをみても分かるように、「医療領域だけ」の国家資格化、というのは、それはそれで難しいと思います。文教系の議員だって、多数いるわけですし、学部卒の医療心理師が国家資格になれるのに、これまで活動してきた臨床心理士はそのまま、というのは、第三者的には、直観的におかしいわけです。

医療関係団体の方々にも、「医療領域だけの国家資格化なら認める」ということではなく、
そこの点では、妥協していただきたいと思う次第です。

医療領域を国家資格化するなら、他領域も国家資格化するのを前提として、「どういう連携のあり方が望ましいか」という点でのご意見、ご主張は、当然あってしかるべきだとは思いますし、
その点で、すり合わせが必要だとは思います。

私もデスマさんの意見に深く同意します。「医療のみの国家資格化」は、心理職に対してのみではなく、国民に対する利益にもならないと思います。

Ichi-ishiさんさて、これに対し、原案の臨床心理士法案は、医療法とは、全く別の資格法案です。横断的資格とするために、法制局もまったく異なる視点で作成しています。医療側からすると全く想定外のものという感じだと思います。この法案では、当然ながら、医療資格法の基本要件とはまったく異なるので、医行為とされる行為に関わることはできません。もっとも、この法案のような心理職としての横断的資格を先に作り、追って(または併行して)医療領域について、医療領域に特化した医療資格を作って行ってもよいのかもしれません。

まずは、心理職が、ひとつにまとまり、心理職独自の明確な意思を構想することが第一です。その上で、医療への整合性を検討していくのが適切なのではないかと思います。

Ichi-ishiさん> つなでさん
全心協と臨床心理士会が、きちんと話し合っていけるようになるよう、私も知人に臨床心理士会幹部がおりますので、私なりにも、努力してみます。どこまでできるかはわかりませんが、他のみなさんも、みんなで力を合わせて頑張っていきましょう。

Ichi-ishiさん> Psymioさん、ichirouさん
今は、まだ心理職がまとまっていくために時間が必要だと思います。しかし、医療における心理職の役割はきわめて重要であることに変わりはないと思います。推進協議会から離脱されたとしても、議論をあきらめず、長い目で見守っていただきたいと思います。われわれ医療職からすれば、お隣のことではありますが、相互の協力関係は、互いにとって不可欠のことであり、ユーザーのためにも重要であると思いますので。

Ichi-ishiさんは、この間の議論で丁寧な分析や論点の整理を行ってくれるとても貴重な存在です。心理職の独自性を充分に理解してくれていて非常に心強いです。心理職のことを理解してくれていると、自然な形で「心理職としての横断的資格を先に作り、追って(または併行して)医療領域について、医療領域に特化した医療資格を作って行ってもよいのかもしれません」と提案してくれるのだなと心強く思います。もちろん横断的資格に対しては、psymioさんが下に述べるような「心理行為の外延」などの厳密な議論が重要と理解しています。

Psymioさん医療心理師法案は「医療の普及及び向上に寄与することを目的とすること」、臨床心理士及び医療心理師法案要綱をでは、総則の目的は「国民の心の健康の確保に寄与すること」です。これが異なるだけで、保助看法の位置づけが本質的に異なります。また、対象を二分したことも大きな問題となり保助看法を改めて持ち出さざるを得なくなります。

両議連が秘密裏に交渉を続け、7/5に突如新法案を公開。その場に医療関係団体を呼ばず、事前に根回しもしなかったのは、必ずそのことで大きな問題が出ると認識していたからでしょう。ですから、大きな反対のないうちに、大慌ての議員立法で一点突破を図ったと見るべきです。

法案に横断的資格を入れ込むことで、心理行為の外延の規定が必ず必要になってきます。アクロバットな「保助看法解除もどき」では駄目だということです。デマスさんには腹立たしいかもしれませんが、日精診見解をもう一度その視点で読み返してみて下さい。臨床心理士の方々には承服できぬ論もあるのは承知しています。

私は臨床心理士及び医療心理師法案要綱の「「国民の心の健康の確保に寄与すること」がとても気に入っています。個別の領域を先行させずに、この方向で横断的資格を議論し問題点を厳しく吟味し、同時並行して医療との関係を考えていくということが建設的と思います。

デスマさん>医行為との関連について、もう少し緻密な議論があってよいかな、という点では、十分に理解できます。

灰色のたぬきさん>今回の議論においてpsymioさんやich-ishiさんのように心理職への理解のある方が多くいらっしゃることを考えると、根深いながらもつまらない心理職内の感情的対立を廃して、そして医療関係団体の理解の得られる内容であれば国家資格化は不可能ではないとの印象を持ちました。
今後は時間をかけて、内容を公開できるような、整合性のある議論を期待したいと思います。

そして、今回の法案から感じたことは、新たな資格を作るに当たっては、今までの前例に拘らない新しい視点での議論が必要なのではないかともいます。(中略)

なぜ医療関係団体の方は「保助看法の一部解除」に拘るのでしょうか?

歴史は繰り返す。心理関係者がひとつのテーブルで話し合うと、必ず「保助看法の一部解除」問題をめぐって立場がわかれ、分裂しかねないのですよね。そして、医療関係団体に話を持ちかけ、その外圧を利用するグループが出てきかねない。「保助看法の一部解除」は本当に鬼門です。

Psymioさん> この問題の核心部分については、ichi-ishiさんが詳しく分析されています。医療心理師法案は「医療の普及及び向上に寄与することを目的とする」→臨床心理士及び医療心理師法案要綱は「国民の心の健康の確保に寄与すること」と大きく法の主旨(目的)が変わり、対象が横断的なものになれば、医行為と心理学的行為の範囲を明確にしておかねば、様々な領域で大きな混乱が生じると危惧しています。
このことに警鐘を鳴らそうとすれば、法的根拠は現状では「保助看法解除」論しかないとご理解下さい。新たな枠組みができれば、もっと建設的な議論ができるでしょう。
確かに「保助看法」は遠隔地医療など時代の要請に応じられなくなっている部分はあるのは承知しています。しかし、依然として生きているのです。PSW法は福祉職、そして医療以外の行為は専門性として保助看法は関係なし。訪問看護は「傷病者の療養の世話」は「業」であり、医療的行為については指示書を要します

psymioさんの意見をよく読むと、横断的資格について反対ではあるが検討の余地はあるとも読めますが、本音はいかがなのでしょう。心理職は、医療によい意味で貢献したいと思うし、現場の医師にとって役立つ存在でありたいと思うし、また医療以外の幅広い分野でニーズにこたえていきたいと素朴に考えているのです。

 

管理栄養士も保助看法の解除なしながら、医師の指示のもとの栄養指導で医療に参加し診療報酬もありますね。管理栄養士は医療以外のさまざまな分野で活躍し、広く国民の健康のために貢献し、国も国家資格としてその役割を定義し人材の育成を進めていますね。こちらも心理職の「新たな枠組み」を考える上で参考になるかなと思います。

 

これからの建設的議論について、こちらにもコメントをお願いします。

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あるべき心理職国家資格の姿」カテゴリの記事

コメント

私は、医師であり日本精神神経学会にも所属していますが、臨床心理士でもあり日本臨床心理士会では、ある委員会の委員をしています。幹部ではありませんが、議員さんへの陳情にも同行したこともあります。これまでの発言は、できるだけ医療職と心理職の間で中立性を保とうとしながらも、基本は、臨床心理士会寄りの立場で、お話してきたつもりです。(ただ、私個人の意見もたくさん勝手にしゃべっています。臨床心理士会のコンセンサスを得た意見を述べるのは現実的には難しいですし、せっかくの自由なブログの場ですから、一つだけの立場に寄らず、自由にいろいろな方の立場やお考えに触れながら、自分でもあれこれと試行錯誤を繰り返していきたいと思っています。全心協のみなさんやpsimio先生のご意見は大変勉強になりました。)

日本臨床心理士会は大きな会です。幹部の登場を願うという意見もありましたが、いろいろな考え方の人がいると思いますので、誰にしても一人が代表して心理士会の立場で意見を言うことは難しいでしょう。参考になるかどうかわかりませんが、今回のことに関して、私なりに臨床心理士会の動きを見てきた範囲で申し上げておこうかと思います。臨床心理士会事務局の人たちは、忙しい仕事の合間をぬってのボランティア状態でしたが、ほんとうに本気で真剣に横断的資格化を目指して頑張っていたと思いますので、、、。

うろつきさんが、自爆テロというお話をされていましたが、少なくとも、私の知る限り、本郷の臨床心理士会事務局に出入りしていた人間で、そんなことを考えていた人がいるとは、どうしても思えません。これだけは絶対に違うと思います(ふだん会わない人のことはよくわかりませんが、、、)。臨床心理士法案は、振り返ってみれば、まだまだ議論が足りない部分も多かったかと思いますが、単なる急造の対抗案ではなく、真剣に横断的資格を求める案であり、臨床心理士会事務局は、背水の陣でのぞんでいたと思います。たった2ヶ月での18万人の請願署名にしても、みんなの真剣な熱い思いがあったからこそと思います。

全心協および協議会の医療心理師法案が急に明らかになって、当初動揺があったのも事実ですが、これまで長い間、横断的資格化は懸案事項であった経緯もあって、臨床心理士法案を一気に立ち上げることができたように思います。確かに、今回は、医療心理師法案に触発されて動き出したのは事実であり、医療心理師法案で、医行為としないと整理されたということを前提に、(臨床心理士会もこの点が大きな壁でしただけに、内心たぶん、全心協の快挙を認めつつ)相乗りしたわけですが、、、。

医療の問題について、臨床心理士会や心理臨床学会での研修会、シンポジウム、雑誌、その他、いろいろな場で討論される話題では、医行為性の問題も現実問題として直視するべきとする考え方も結構聴かれるようになってきていたと思います。今回の臨床心理士会の基本方針は、①横断的汎用資格、②大学院修士課程修了、③医療における医師の指示、であり、確かに医行為とせずに連動しての方針ですが、以前に比べれば、心理士会にも柔軟性が出始めているようには思います。現実に、二資格一法案が発表された後で、臨床心理士会の資格問題に関する委員のO先生も、大卒のみの医療心理師が、経験等により臨床心理士になれる道をきちんとつくらないといけないと発言されていました。

臨床心理士会としては、ようやく臨床心理士の役割が社会で認知されるようになり地道な努力が実を結びつつある中で、心理職自体や近代化しつつある臨床心理学の学問体系を分断させたくないという思いもあったと思います。臨床心理士会がめざしたのは心理職が全体としてその資質を維持向上させるための横断的資格だと思います。医学的知識の必要性は、非医療のSCについても、つなでさんがブログ※にしっかりと書かれていますように、絶対的に必要なものです。そして、その運用についても、きちんとしたルールと倫理的視点が不可欠です。そのためにも、私としては、はたして、医療心理師だけでよいのか?という疑問があります。→※http://blog.livedoor.jp/realize_now/archives/50163287.html

臨床心理学そのものの知識、医学的知識、そして何より心理職が心理職たるためには、応用心理学全般にわたる広い知識と視点が重要だと思っています。常に何が一番大切な問題なのかという本質論で考えていくべきだと思いますし、既存の概念に縛られることなく、本当にそれでよいのか?と疑ってみることも重要だと思っています。

また、鈴木研究班の結果もまた過去の遺物ではなく、ichirou先生がおっしゃっていたように仮にも厚科研究ですので、研究班で議論されたもの、報告書にこめられた葛藤、理想と現実、をもう一度、冷静に見直し、表面的な結論だけでなく、本来どうあるべきかを考えていく上で、改めて検討していく必要もあるのではないかと思っています。

臨床心理業務は、診断という疾病性によって方針やアプローチが変わるのではなく、事例ごとのさまざまな要素によって事例性をベースに関わる対人援助職です。他の医療職が、明確な作業標準(スタンダードオペレーションプロシージャー:SOP)を持っているのに対して、心理職は、明確なSOPを作ることは困難です。しかし、それでも、同じ心を扱うといっても、宗教家、哲学者とは、明確に引ける一線があると思います。やはり、心理職なりに、その役割を説明するに足るSOPを作成する試みは必要かもしれません。そのプロセスで、どのような形で、医療と他領域との整合性をとっていくべきか、心理学的行為の外延性をどう規定していくべきか、、、をきちんと議論していく必要があると思います。

また、他領域を含む心理職全体の在り方、国家資格として名称独占だけでよいのか、あらためて医行為との関連性、保助看法との関係、保助看法解除によるべきか、保助看法解除によらないとすればどうあるべきなのか(保助看法解除によらない医療職である薬剤師法、福祉職という独立した領域を創り出した精神保健福祉士法、医療類似行為として既存の業態を整理するためのあん摩マッサージ指圧師等に関する法、ここころしかくさんの提案される管理栄養士などを参考とする?)etc…やはり大きな問題が未解決のままですが、もう一度丁寧に検討していかないといけない課題です。

それだけに、ここで、禍根を残しては、今回の動きが本当に意味を失ってしまいます。心理職は、いままでの葛藤や対立に拘泥されることなく、新たな価値観を創造して、国民にとって意味のある資格化をどう創り出していくか、より発展的、建設的な方向で考え、集約していく必要があると思います。臨床心理士会、全心協は、それぞれの立場を越えて、意見を一つにまとめ、さらに医療系団体とも、もっと議論を繰り返していく必要があると思います。困難でもこのプロセスをしっかりと越えていかない限り、国家資格化は難しいと思います。絶対に、いたずらに、双方の団体を批難しあったり、過去の価値観にとらわれた不毛な議論に終始してはならないと思います。

ありがとうございます。

私が耳にしたところによると、河合氏は当初、
医療心理師設立の話を聞いても、「騒ぐな」ということだったとのことです。
おそらく、「医療心理師」ができること自体は、
マイナスではないからでしょう。

ただ、その後、幹部が、「他領域にも医師の指示がかかる」
ということや、
医療心理師の経過措置に乗れない現職が締め出されることなどを訴え、
河合氏も重い腰(?)を上げたと聞きます。

それがもう4月のことで、それから臨床心理士会は動きはじめたわけです。

もちろん「自爆テロ」的な論調は、一部にはあったでしょう。
ただ、その頃には、医療心理師法制化はほぼ確実であろうことは、
幹部たちも分かっています。

「医療心理師反対」を主張するのではなく、
「じゃあ、自分たちはどういう資格がいいと思うのか」ということを訴えよう、
また、署名の内容はあくまで理想であり、
その通りの100%理想的な資格ではなくても、
ある程度の妥協をしよう、医療心理師だけができるよりも、
という方向だったと聞いています。

6月ごろには、大勢は「両方できればいい」という方向だったと聞いています。

医行為と心理学的行為の関係で、心理学的行為の外延を明確にすべきという意見があります。名称独占の資格でそこまで求めるのは行き過ぎではないでしょうか。というより、法律論から言えば、業務独占である医師の行為が法律上に明記されていないことが法律の不備なのです。医行為という用語は医師法には一言も出てきません。医行為という概念は、法律家が医師法の不備を補うために考え出したものではないでしょうか。業務独占の資格すら行為の外延が明確にきていされないまま法律が成立してしまうことがあるのですから、ましてや名称独占の資格の場合には、そんなに不自然なことではないでしょう。

法律というのはそういうもので、それが判例や政令、省令、慣習で補われるということまで含めて「法」であるということなのではないでしょうか。「法」を構成するのは法律だけではないと思うのですが。

あの日精診の見解でさえ、
>法文に「心理学的行為」の外延について述べるのは法文にそぐわない
可能性を認めています。
「心理学的行為の外延」の必要性の有無が論点となりうるのは、心理学的行為について、この社会全体として、経験の蓄積や慣習の成立が、十分ではないと考える人がいる、ということなのではないでしょうか。

医師法に業務の規定がないことの法律上の不備を指摘しましたが、法律というのは必ずしも何でも文字として書いていなくてはならないとは限りません。英国の憲法は明文化されていないと昔習ったような記憶があります。
医師法は制定されてから半世紀以上も経過している法律ですから、その間に最高裁による判例も出て、厚労省(医事課)による行政解釈も確立しています。今更法改正をして、業務の内容を明記する必要はないでしょう。
業務独占の資格と名称独占の資格の業務の境界については、業務独占資格の法解釈に従って判定されることになりますから、名称独占資格の業務の範囲が明確でないからと言って、心配する必要は全くないと思います。

上記の再コメントは、afcpさんのコメントを読まないで(表示されていない状態で)書いたのですが、まるで読んで書いたみたいに符合していますね。
名称独占ということを認めてくだされば、心理学的行為の外延のことは、そんなに重大な論点にならないように思います。国家資格化したあとで、経験の蓄積を気長に見ていけばよいことです。
「医行為」のうち、「診療の補助」に該当する行為は、「医師」が「看護師」に今までどおりやるかどうかを確認し、「看護師」が「お任せください」と答えれば、それで終わる話ではないでしょうか。

「(臨床)心理学的行為の外延」を論点にするかどうかの議論もあるのですが、その議論ではなく、ちょっと雑談的な話です。

「外延」という言葉がどうもわかりにくいですね。いろんな意味があると思うのですが、どのようなイメージで考えていけばよいでしょうか?

国語辞典的な意味は、「〔extension〕ある概念に対応する事物ないしその集合。例えば「動物」の外延は人間・犬・猿など」ということですが・・・。

「(臨床)心理学的行為に含まれる事柄」「どこまでの範囲を(臨床)心理学的行為に含めるのか」という意味で考えればよいのでしょうか。

もし、そのような内容であれば、学問的にはかなりの議論の蓄積があると思います(臨床心理学の中では)。それを充分に示し、国民や関係団体に理解を求めていくという作業が必要ということなのでしょうか。

こう書いていて思うのですが、「(臨床)心理学的行為の限界」「(臨床)心理学的行為のリスク管理」についても、充分に示す必要があるのでしょうね。そのあたりが、「範囲」という言葉でなくて、「外延」という言葉を選んだのではと考えるのは、読みすぎでしょうか?

「(臨床)心理学的行為」にあまりに国民の期待が集まることは、とても危険なことと思います。対応できない事柄も多いし、逆にかかわることで悪化する場合もある。そのような危険性への認識が、心理職はまだまだ甘い、まかせられない、という気持ちが、医療関係団体に多いのかもしれません。

でも、昔はともかく、今はできることの限界設定をすることが、「(臨床)心理学的行為」の重要な要素として、心理専門家の中で認知されてきています。そのような心理職の専門家としての成熟に、理解を示してくれている医師の方も多いと思います。

こころしかくさん
>こう書いていて思うのですが、「(臨床)心理学的行為の限界」「(臨床)心理学的行為のリスク管理」についても、充分に示す必要があるのでしょうね。そのあたりが、「範囲」という言葉でなくて、「外延」という言葉を選んだのではと考えるのは、読みすぎでしょうか?

「外延」という言葉を敢えて選んだのは、その通りだとご理解下さい。

私は、一開業医で「臨床心理学」という学問体系に正面から向かい合ったことはありませんでした。今回の「騒動」で俄勉強しましたが、医師の医行為論同様、「臨床」心理学の定義(自己規定)を読めば読むほど、医行為や診断行為との関係を巧妙に避けているとしか思えないのです。学問的構造が本質的に異なるにせよ、この問題は避けて通れないものです。臨床心理学についての私の理解が浅い故、このような曲解にになってしまうのかもしれませんが・・・。

psymioさん
「外延」への説明ありがとうございます。やはり「限界」「リスク管理」が重要なキーワードになりますね。

臨床実践現場において、サイコセラピーの限界をクライエントと話し合ったり、はじめからあまりサイコセラピーに期待しないように伝えながら、面接を始めることがしばしばあります。時には、サイコセラピーのマイナス面(副作用)を話し合うところからスタートすることもあります。

このあたりの姿勢は、薬の副作用の説明やインフォームドコンセントにおける治療のメリット、デメリットの説明など、近年の医学において重視され深く研究されている事項ですね。臨床心理学は、これら医学の知見からもっと学ぶ必要があるでしょう。

「限界」「リスク管理」の発想は、「チーム」「連携」の考え方に直結すると思います。「限界」があるから複数の職種が協力することも必要になるし、こちらの専門では不充分だから別な専門家に紹介といったことになる。

近年の臨床心理学は、これらの考え方を重視する方向に変化しています。あたりまえのことですが、事例研究においても、介入効果の検討のみでは不充分なものとされます。その限界や改善点、適用と禁忌などの考察が求められるようになってきています。

もちろん、過去の臨床心理学において、「限界」「リスク管理」の発想が不充分であったし、今でも一部不充分な分野があることも認めます。これが臨床心理学がかかえる弱点(改善点)であると率直に思いますし、激しく変化を進める姿勢が必要と考えます。

心理行為と医行為の関連について、

1) 侵襲性やリスクの高い臨床心理サービスは、医行為性が高いと考えられることが多い。しかし非医療領域の臨床心理サービスは侵襲性やリスクの高いものではなく、医行為にはあたらない。よって医師の指示も不要である。

2) クライアントに害を及ぼすことのないよう、非医療領域においても国家資格化による質の保証が必要である。

この二つの主張のあいだにどのような接点を見つけるか、ということが、非医療領域における国家資格の要不要論と外延論が解決すべき問題の一つであるような気がしています。
では具体的に、となると困ってしまうのですが、今回の要項骨子で採られた方法は、この矛盾に片目をつぶりながらも、なんとか実現可能性を探った苦肉の策であったのだろうとは思います。
しかし事ここに至ってしまったからには、正攻法によってここをくぐり抜ける必要があるとは思うのですが、落としどころになるようなよいロジックが思い当たりません。

お言葉ですが、それは心理臨床に対する理解が浅いから、
そういう結論になるのでは・・・。
(・・・と、あえて挑発的に述べてみます。)

おそらく、我々、他領域の心理職が本分としているところは、
生活する中での人間関係のこじれなどの課題に対し、
心理学を基盤として助言をすることや、自己理解を助けること等です。

ですから、これ自体は医行為ではなく、
むしろ看護師の行う「世話」や、マッサージの中での「慰安的行為」の側面に
近いものだと思います。
(ただし、基盤は「心理学」ですので、彼らにはできません。)

要するに、afcpさんが、そういう結論になるのは、
「医行為」でないとすれば「侵襲性」は無い、
だったらどれでも同じ、という考えだからだと思います。

以前、私のブログで、「精神疾患をもつ患者」さんという方が、
いましたよね。
彼の「話を聞いてほしい」という願いは、「治療」ではないから、
「健康保険はきかなくて当然」というのが、afcpさんの結論でしたね。
私も同じ意見です。
治療ではないですし、彼は「精神疾患」ではあるのでしょうけど、
「彼の話を聞く」という行為は、医行為ではないはずです。

afcpさんは、「家族や友人に聞いてもらったら?」と言います。
ところが、彼は、家族や友人ではなく、
「カウンセラーに話を聞いてほしい」と言っています。
afcpさんの理解では、「家族や友人」と「カウンセラー」は、
同じなのですが、
彼にとっては違うのです。
この「違い」が、本来の心理臨床の専門性なのですよ。

afcpさんが「家族・知人」と「カウンセラー」が同じだと理解しているのは、
「治療ではない」「医行為ではない」
という点で、ですよね。
でも、彼の言っている違いは、その外側にあるのです。

ですから、「心理学的行為」の外延は、最初から、医療の外側にあるのです。

おそらく、この「違い」っていうのは、
「分かってもらった」「聞いてもらった」「人間扱いしてもらった」
と感じてもらい、ポジティブな関係を作る能力や、
自分の価値観を脇にのけて(カッコに入れて)話を聞く能力、
心理学を基盤とした助言の適切さ、
などに立脚していると思います。
ここが我々の専門です。

ときどき患者さんが、「精神科医が話を聞いてくれない」という、
不満を述べるわけですが、
これは、医師の側に時間がない、ということの他に、
医師は「治療」をしようとしているのに、
患者さんが「慰安的側面」を求めている、ことからくる
「ねじれ」なのだと思います。
(まあ、彼の例のごとく、医療領域のカウンセラーが
 なぜかその役を担っているのも、「ねじれ」ですが・・・。)

健康保険と別枠で、
「ぜいたく品」として行われるべきものですよね。

診断基準上は、変化はないわけですから、
治療ではないです。
まあ、でも、生活や人間関係が改善することで、
過ごしやすくはなるでしょう。
(その意味では、むしろ福祉職のほうに近いですかね。)

じゃあ、医学的な意味で「侵襲性」がないから、
野放しでいいか、というとそうではないです。

上記のようなサービスには、
厳然として「うまい・へた」や、
「基盤に基づいている・そうでなく適当」という区別はあるのであり、
しかも、それが素人目には客観的に判断しづらいからこそ、
一定水準以上のトレーニングを受け、基準を満たしている人間を、
認定する意味があるのです。

韓国でも、「精神保健医療心理師」は医療免許ですが、
「臨床心理士」は、国家による技能認定資格ですよね。

日本の「臨床心理士」も、そういう「国家資格」でいいと思います。

余談ですが、臨床心理士会の幹部が、
心理臨床は「医行為ではない」と言っているのは、
ハッタリや駆け引きではなく、多分本気じゃないかと思います。
「医療心理師」推進派に認知行動療法家が多く、
「臨床心理士会」では、ロジャース派や分析派がわりと有力なのは、
偶然ではないと思います。

で、そうなると、「認知行動療法」が、浮いてしまうわけですが・・・。
たしかに、直接的な「治療効果」を目的としている点では、
ひと味違うわけです。

しかし、これもあくまで「会話」であり、
うつ的な「どうどうめぐり」にハマッていかないための助言なわけで。

「食事」自体は、みんな普通に食べますよね。
でもそれは「医行為」ではないですよね。
食事について言及すること自体も「医行為」ではない。
まあ、ただ、何を食べれば体にいいとか悪いとか、
そういう知識は、患者さんの生活に役立ちますよね。

これと同じだと、私は思ってます。

管理栄養士の栄養指導と同じで、
それ自体は医行為ではないけど、
保健的な意味合いは強いので、健康保険の適用になる、
ということ、いいと思います。


あと、少し考えてほしいのですが、
今回、衆議院法制局や議連、厚生労働省が、
「医行為とせず」としたのは、法的には至極もっともです。

法に違反しているということで、人を捕まえるには、
その罪が客観的に計測できるようなものでなければいけません。

注射とか手術ならば、客観的にすぐに分かります。

普通なら、直ちに傷害罪になります。
ただ、医師や看護師がやっているから、
刑罰の「構成要件」を満たしていても、「違法性」が「阻却」されるわけです。

それが、「親身に話を聴く」という行為を、
どうやって、罪かどうか判断しますか。
(気の弱っている人に「死ねー!」とでも言えば、
 また少し別ですが。それはまずないでしょう。)

それって、場所とか価値判断とか、微妙なものが入りますよね。
そういうものを、罰則規定のある法律に盛り込んだり、
「業務独占」にするのは無理なんですよ。

恣意的に価値判断を用いれば、
恣意的に人を捕まえることができるような法律は、作れないのです。

微妙に医行為性はあるのかもしれんけど、
1つ1つに関して、精緻な価値判断をすることなく、
「傷害罪」のように、客観的に判断できないようなことは、
そういう規制になじまないわけです。
「無実の人が捕まる可能性をゼロにする」ってのは、
民主主義国家では大事なことです。

医療関連法規ってのは警察目的の法律なわけですが、
それだからこそ、戦前の「不敬罪」のように、
価値判断の仕方次第で、いろんな人を捕まえれるような法律は、
民主主義国家としては、まずいのですよ。
それは「医師の業務独占」性よりも、法的な優先順位は高いはずなのです。

医行為じゃないけど、健康保険適用にするってのが、
法律家や政治家にとっては、妥当な落としどころなのだと思いますよ。

>2) クライアントに害を及ぼすことのないよう、
>非医療領域においても国家資格化による質の保証が必要である。

で、これなんですが、
これは本来我々のお客さんじゃない人が、来てしまった場合です。

医師に紹介するわけですが。

もし、日精診の見解のように、
「そういう判断をすることも医行為だ」というロジックなら、
我々のやっていることは確かに違法です。
しかし、我々が「治療」するわけではないですよね。

そういう判断がおろそかになることが、
「国民の不利益」であると考えるなら、
「どういう場合に紹介しなさい」ということを、
義務付けた上で、国家資格にするほうが、
「国民の利益」にかなうのではないかと思います。

適切に本来の窓口である医療に、
迅速に紹介する道筋をつけることが必要であり、
「国家資格にしなければ、国民は信用しないはずだからそれでいい」
というのは、ややヤケクソな論理だと思います。

法律で義務付けてくれたほうが、
我々としても、クライエントさんに促しやすいのですよ。

その点、
「今の臨床心理士より、もっとしっかりやれ!
 国の資格にしたければ、そういう資格にしろ!」
というのなら、分かります。
医師の先生方を指導者と仰ぎ、養成していく一方、
我々現職も、更なる努力をしましょう。
(ですから、認定協会と別に、あるいは認定協会の中に、
 医師の先生方も入った、認定機構になるのが本来と思います。)
(その点では、無試験スライドとか、レポート・面接のみとか、
 そういう話が出てくる時点で、
 心理側も、激しく非難を受けて当然です。)

その点、医師の先生方には、
他領域でも我々がやっていけるように、
指導者となっていただけるよう、お願いしたいと思っています。

以上、長くなりましたが、
 ・基本的には、「心理学的行為」は、
  「治療」「医行為」ではないが、実力認定は必要。
 ・適切に医療に紹介できるような整備が必要。
  だが、さすがにそれは「医行為」ではないだろう。
というのが、私の結論です。

ただ、私が一生懸命書いても、
なかなか医師の先生方からは、お返事いただけないのですよね・・・。
多分、「共通言語」が少ないのだと思います。
ichi-ishiさんの書き込みなどを見ていると、
「あー、同じことでもこういう風に言えば、
 耳を傾けてもらえるのかー。医師に通じるのか。」
と思います。

これはafcpさんへの返信なのですが、
他の方にもお読みいただけていれば、うれしいです。
何とかafcpさんや、
よろしければ医師の先生方には、少しがんばっていただいて、
私の「イイタイコト」を、汲み取っていただければ、と思います。
こういう言い方をしてくれないと分からん、などのご意見も
お待ちしています。

afcpさんの今回の問題提起は、
そもそも関連のない2つのことに、
関連を見出そうとしているかのように思えるのですよね・・・。

でも、これで、医師の先生方が、判で押したように、
「何で他領域の国家資格が必要なの?」
と言っていることのワケが、少し分かりました。

我々と全然違うところに、すごく注意を払っておられるのだなー、
というふうに感じます。

【誤字訂正】
>管理栄養士の栄養指導と同じで、
>それ自体は医行為ではないけど、
>保健的な意味合いは強いので、健康保険の適用になる、
>ということ、いいと思います。
    ↓
管理栄養士の栄養指導と同じで、
それ自体は医行為ではないけど、
保健的な意味合いは強いので、健康保険の適用になる、
ということで、いいと思います。

最後になりましたが、
afcpさん、貴重なご提言、ありがとうございます。

こうして胸を貸していただいているのだな、と思います。

医療心理師を、医療限定の資格と考えることが間違いなのかもしれませんね。
もしかすると横断的資格と考えることもできるかもしれません、、、。
これは、あくまで個人的意見です。

【業務について】

① 医療機関内での業務
医療法が定める医療提供施設でのみ行われる医療行為の中で行われる傷病者を対象とした心理査定および心理療法については、医行為性を含めてきちんと枠組みをもって管理することで、一つの核とします。この部分については、医療心理師法案原案の定義の範囲でよいのでは思っています。この場合、チーム医療のリーダーたる主治の医師がある場合は指示を受けることとなります。(精神科医が主治医なら内容まで踏み込んだ指示箋となるかもしれませんが、小児科、内科等の他科の主治医の元では、心理療法とだけ記載された指示箋が出されることとなると思いますので、裁量権は、心理職側にあります。また、いずれの場合でも、当然、チーム医療にあっては、相互の意志の疎通が重要ですから医師に対して、意見があれば意見を述べることも当然ありえます。チーム医療における医師の指示は、上下関係によるものではなく、役割行動であり、手順です。このあたりがどうも誤解があるんですよね。)

② 医療機関外での業務(精神医学的知識が必須となる業務)
医療法では、医療機関外では、原則として医行為は行えません。したがって、その周辺にある他領域(非医療機関)の心理業務については、例えば、学校心理臨床における発達障害児童に関わる面接、産業心理臨床におけるメンタルヘルス不全者への初期対応および復職後の継続面接など医行為にはあたりません(医師が行っても医行為ではありません)が、傷病者への対応である限り、基本的に適切な精神医学的知識を要する対応であり、医療との適切な連携が求められます。こうした部分が誤解もあると思いますが、現在、グレーゾーンになっています。この領域についても、医療機関内での業務が行えるだけの必要十分な知識と技術を持っていれば、正しく運用することができるはずですし、また適正に運用することを義務付けることができます。主治の医師がある場合は指導を受けることとなります。(この指導も役割行動です。医療機関内のチーム医療による関係ではないので指示箋は出しようがありません。したがって、傷病者として、どのような配慮が必要であるのかについて意見を仰ぐという意味での指導というだけのことです。)
この①と②の領域を別資格で分けるのは現実的に困難ですので、やはり、二資格並立は難しいところですし、もしかすると意味がないのでは?と思い始めています。
なお、医療以外は国家資格不要という意見もありますが、産業領域では、今後、数十万~百万人以上の過重労働対象者の健康管理およびメンタルヘルスケア対策のための面接が労働安全衛生法の改正とともに必須となってきます。多くの産業医も産業保健師も必ずしも精神保健の専門家ではありません。この領域に関われる精神科医も絶対数が不足しています。三万人越えの自殺者対策には、この取り組みは必須です。産業カウンセラーという制度もありますが、彼らは現場たたき上げですので、むしろキャリヤコンサルタントの方向にシフトしつつあります。医療職としての心理職が加わってくることは重要な意味があると思います。

③ 医療機関外での業務(精神医学的知識が必須とはならない業務)
この範囲をこえて健常者の相談・支援、キャリア相談などは、法的な規制の範囲外の自由な領域とする。法が管理する外延を医療という場および医行為およびそれに順ずる行為を管理することで、コアとなる場と主業務を定め、その枠組みを越える業務については、自由度を確保しておく。いわば、コア部分の外延だけを明確に定め、それ以外の外延が定めにくい領域に関しては、最低限守らねばならないルールだけを決めておけばよいのでは?と思います。

【受験資格および現任者の移行措置について】
問題は、受験資格や現任者の移行措置対象者をどこまでとするかということですが、これまで、医療限定なのだからということで大学卒レベルで十分という全心協の立場もありましたが、ここは、心理学全般に通じ、広い視野を育み、かつ医系科目も多数導入することを考えれば、鈴木二郎先生の研究班報告にある受験資格をそのままに①心理系大学卒業後、大学院(専門職大学院)、または相等の指定病院での研修のコースを含めて、6~7年の教育養成期間をもって受験資格とします(心理学を分断させないためにも、また、幅広い心理学の素養をきちんと学んでもらうためにも大学4年間は心理学の基本をしっかりと学んでもらい、さらにその上で、研究する力や実践する力培っていく方がよいのではと思いますので、、、)。また、現任者の移行措置対象者については、全ての心理臨床家とし、現行の臨床心理士および他の心理臨床家も一様に、一定の精神医学や医療を中心とした集中講義・現場実習等の研修を課し、その上で、受験することが求められるとすればよいのではないかと思います。

【まとめ】
一つの資格であれば、医療の場を混乱させず、業務としての外延もある程度明確になってくると思います。指示と指導に関しても上記に記したように役割行動としてチームや連携のあり方で決まってきます。受験資格に関しては、鈴木研究班の原点に戻ることとした方がよいのでは?と思います。現任者の移行措置について心理職全体が不公平とならずにかつ法が求める最低限の水準を維持さらに向上させるために、基礎研修を義務付けた上での受験とするというのが落としどころのような気がします。

あくまで、個人の意見です。念のため、、、。
医行為に関しては、公衆衛生に関する領域も含んできますので、保助看法解除というよりは、薬剤師法の横並びくらいの方がよいと思いますが、、、むつかしいのかな?

【臨床心理士会の動き】
臨床心理士会の面々は、いま、来週の日本心理臨床学会の準備に奔走しているようです。おそらく、心理臨床学会の合間にいろいろと議論が交わされるのではないかと思います。全心協との話し合いについては私なりに何人かの主だった面々にお願いしてみようと思っています。どこまでできるかわかりませんが頑張ってみます。なお、臨床心理士会側の意見は、心理臨床学会が終わった後、しばらくして何らかの形で表明されてくるのではと思います。

補足:上記は一つの考え方に過ぎません。現状を打開するために、まず、大勢の心理職を抱える臨床心理士会と医療への太いパイプを持つ全心協が話し合い、どういう形であれ、“一つに”まとめていくことが鍵だと思います。安易に二つの資格に分裂してしまうとかえって問題はこじれてしまうように思います。また、そのプロセスと並行して、医療系団体とも建設的な話し合いをすすめていかねばなりませんが、、、。

全心協の①医療限定資格②四大卒③医師の指示、臨床心理士会の①横断的資格②修士③医師の指導は、一見相反するように見えても、少し違ったディメンジョンでとらえていますので、必ずしも相反するものではありません。医療という枠だけで考えたときには、共通していると言ってもよいくらいだと思います(今回の士師法でも相乗り可能でしたし、、、)。これを外の世界に少し広げたときに、臨床心理士会の考え方が出てくるわけですので、話し合いの余地は十分にあると思います。

国民の権利と安全を考えるとき、医療の枠内だけではなく、医療に繋げるまでの段階や医療から社会に繋ぐ段階にも、心理職のニーズはあります。その際に、中途半端な役割ではなく、きちんと責任を持って、適切な判断が行われることが重要なのです。安易に精神疾患を抱え込んでしまい、医療介入のタイミングを遅らせてしまうという行為を容認させないためにも医療外の領域にいる心理職にも法的な義務と責任が必要になってくると思います。

※ 前のコメントで、大学院(専門職大学院)と書いていますが、(専門職大学院も含む)として下さい。

デスマさん
僕の思いつきのような書き込みに、丁寧にレスをいただき、ありがとうございます。デスマさんの採っておられるのと同じ前提に立てば、内容についてはほとんど同意できます。しかし肝心のその前提が共有できていない部分があり、しかも結構重要な部分のように思います。

デスマさんのコメントの中で僕が引っかかったポイントは2つ。一つは

>「医行為」でないとすれば「侵襲性」は無い

というところで、
僕を含め多くの医師が考えているのは

「侵襲性があるとすれば医行為である」ということではないでしょうか。この2つは似ているようでかなり違います。

心理行為に限らず人がする事が無侵襲であるということは、ほとんどあり得ないと思うので、無視できない程度の侵襲性があるかないか、というところがポイントだと思います。故に医行為でないとして心理行為を行うならば、その低侵襲性をある程度証明する必要があると思います。
そのためには心理行為に伴うadverse effectにはどのようなものがあるか。その頻度や程度はどの程度か。または偶発的に生じうる「心理」事故にはどのようなものがあるのか。といったことについての議論や検証が不可避であると思います。

しかしその証明が出来たとすると、今度は「そんな危険の少ないものなら国家資格にする必要はないですね」という話になってしまうのです。「親身に話を聴く」という行為の低侵襲性、日常性、適法性を強調すればするほど、「それには特別な資格はいらないよね」と言われてしまいます。

もちろん「親身に話を聴く」という行為の際に発揮される心理職の専門性、優位性は理解できます。「精神疾患を持つ患者」さんの例でデスマさんが教えてくださったことは、まさにその通りだと思います。

けれどもそれが魚をさばく時の魚屋さんの専門性、優位性となにか違う点がある、という事を立証できなければ、国家資格の必要性を主張する事が困難になる、ということです。魚屋さんがふぐを扱う場合に知事の免許が必要になるのは、その「侵襲性」のためであるといえないでしょうか。

また第二点目としては

>で、これなんですが、
>これは本来我々のお客さんじゃない人が、
>来てしまった場合です。

に関して、必ずしも精神疾患を持たない人であっても、心理行為からのadverse effectを得ることもあるのではないでしょうか。
明らかな精神疾患を持つ人の場合は、むしろ簡単で、それこそ心理職が灰色のたぬきさんのところ(http://blogs.yahoo.co.jp/grayraccoondog/9601000.html)に書いたような最低限の精神医学知識を持てるようにし、紹介を義務とまでするかはともかく、勧めるような規定にするだけで十分であると思います。

ちょっと寄り道になりますが、

>もし、日精診の見解のように、「そういう判断をすることも医行為だ」というロジックなら、

これはやはりナンセンスで、それでは子どもが指を切った時に病院に連れて行くかどうかを判断する養護の先生も同種の判断を行っている事になってしまいます。

そうではなく精神的に健康なクライアント、ないし軽度の疾病性しか持たないクライアントを想定した時に、心理行為によって起こりうる有害事象の頻度や程度を評価する必要があります。また国家資格化による質の保証により、そうした有害事象を減らせるのかどうか、ということが次の関心領域でしょう。

で、第一、第二のそれぞれの論点を通して、僕が考えている一つの可能性は、

業として「親身に話を聴く」などの行為について、心理学のトレーニングを受けて人間が行う場合、そうでない人間が行う場合より、より侵襲が少なくなるということを論じられないか

ということです。

これは詭弁の類に入ってしまうのかもしれませんが、一定の基準を満たす心理職が行う事により、心理行為の侵襲性が低くなり、医行為性を持たなくなる。それを保証するために非医療領域の国家資格化が必要である、というロジックでは多くの人の賛同を得る事は難しいでしょうか。

デスマさんの言われるように
>韓国でも、「精神保健医療心理師」は医療免許ですが、
>「臨床心理士」は、国家による技能認定資格ですよね。
>日本の「臨床心理士」も、そういう「国家資格」でいいと思います。
ということであれば、そもそもこんな詭弁は必要ないのかもしれません。多くの心理職の方がそうした技能認定資格的なものを望んでいらっしゃるのであれば、それはそれでよいのでしょうか…。それなら公的資格である臨床心理士資格で十分ではないか、と言われてしまいそうな気もするのですが。

>afcpさん

さっそくのご返信、ありがとうございます。

> これは詭弁の類に入ってしまうのかもしれませんが、
> 一定の基準を満たす心理職が行う事により、
> 心理行為の侵襲性が低くなり、医行為性を持たなくなる。
> それを保証するために非医療領域の国家資格化が必要で
> ある、というロジックでは多くの人の賛同を得る事は
> 難しいでしょうか。

おおおー。
詭弁どころか、これはすごいです。ホントに。

利用者の「安全」のために、国家資格が必要だと思うのですよ。

でも、「それじゃあ、やっぱり、元々は危険なんじゃないか」
と言われそうですが・・・(笑)。

ただ、たぶん、ここで問題になるのは、
医学的な意味での「侵襲性」ではないと思うのですよ。
「傷つけられた」「ぞんざいに扱われた」「非人間的な扱いをされた」
みたいなことで・・・。

ですので、私は、医療領域の資格も、本当は必要ない、と
思っています。
理論的には。
だって、「医行為」じゃないんだもん。
それか、技能認定資格でいいと思っています。

ただ、それだと、適法に「健康保険適用にできない」から、
医療領域の人が、困るんだと思います。

だったら、技能認定資格をそのまま国家資格にして、
そこに保険を適用すればいいわけで、
そうすると、臨床心理士会の主張とも、オーバーラップしてきます。

>ichi-ishiさん

ありがとうございます。

そうそう、私も別に、「医療心理師」がベースで、
もう少し拡張する、ってことでも、いいと思うんですよ。
(どっちが基盤かなんて面子の問題は、どうでもいいわけです。)

今回の士師法案だって、もともと医療心理師法案がベースですし。

内容さえ偏りがなければ、賛成です。

デスマさんへ
コメントありがとうございます。
何とか落としどころがみつかるとよいかなと思っています。
ともかく議論のたたき台にと思い、ここに乗せてみました。
いろいろとご指摘いただけると幸いです。
デスマさんは、いつも積極的なご意見を述べていただき、感心しています。
ただ、ときどき、思い込み、、、が出ちゃうようですね。
私も似た傾向があるので、しょっちゅう地雷を踏んでいます。
afcpさんとの議論の掛け合いは、楽しく読ませていただきました。
今後ともよろしくお願いします。
afcpさん
以前、ロテさんのところで議論させていただいたことがありますねoz
もし差し支えなければ、上記の案にご意見をいただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。

ichi-ishiさん
ご発言はいつも興味深く読ませて頂いています。ロテ職人さんのところで…なるほどozさんでしたか。ご挨拶が遅れまして、失礼いたしました。最近の議論を見ている中でozさん、ichi-ishiさん、psymioさんほか、世の中には見識の豊かなドクターも多いのだな、と思っていたのですが、そのうちのお二人は同一人物でしたか。うれしい様な残念な様な…。

ご提案の内容については、非常にバランスもよく整合性もとれたものであると思います。特に養成期間に関して「心理系大学卒業後、大学院(専門職大学院)、または相等の指定病院での研修のコースを含めて、6~7年の教育養成期間をもって受験資格とします」とされている所に魅力を感じます。これは質の確保と医療経済的利益を両立させる、よい落としどころになるのではないでしょうか。

僕も以前は二資格並立がもっともよいのではないか、と思っていたのですが、現在はなんとか一本化の方法を探るべきであろうと考えています。感情的なこじれの問題を抜きにして考えれば、医療機関での業務を厳密に定め、それ以外の部分を緩くカバーするという方針は、もっとも実現性が高いものだろうと思います。

デスマさんへ
>ただ、たぶん、ここで問題になるのは、医学的な意味での「侵襲性」ではないと思うのですよ。

侵襲性自体を、医学的なものとそうでないものに区別する理由はない様に思います。

僕は心理サービスの侵襲性というかadverse effectとして想定しうるもののなかで、もっとも深刻なものは、その依存惹起性であると考えています。精神医療の中では医源性の医療依存症と表現するのが適切ではないか、と思われる症例、また医療との関わりのなかで退行や行動化の見られる症例を見聞きすることは、少なくありません。こうした症例では依存の形成を背景にした、症状の増悪、一層の社会的機能の低下が見られることになります。

また行動化などは生じなかったとしても、こうしたサービスへの依存の生じたケースにおいては、サービスの利用回数の増加、利用期間の長期化などにより、そのコストーベネフィットの比は著しく悪化します。サービスの受給にともなう時間、お金なども、過剰になれば立派に侵襲性を持ちます。

こうした事態は精神医学的に見て明らかに重い病態(精神病圏)の症例よりも、むしろ「軽い」とされる病態のケースで生じやすいと考えられます。同様の事態が非医療領域の心理臨床では生じ得ないとは、思うことができません。更にあえていえば一部の心理サービス提供者は、意図的にこうした依存を生じさせることを商売の手段としているのではないか、との懸念も拭いきれません。

「サービスを受けている時間」それ自体が目的化してもよいとするならば、言い換えれば「話を聞いてもらうこと地方が目的なのよ」ということを是認すれば、この議論の前提の一部が崩れます。しかしやはり、それは心理サービスの健全な目的であるとは言いがたいと、僕は思います。

>「傷つけられた」「ぞんざいに扱われた」「非人間的な扱いをされた」
誤解を招く言い方かもしれませんが、このあたりは相対的に小さな問題だと思います。特に健常ないしそれに近い状態のケースを想定した場合、こうしたことが起こったとしても、それこそ医者やカウンセラーを変えれば、後遺症も残さず自然に影響が薄れていくケースがほとんどであろうと思います。

afcpさん
> 「侵襲性があるとすれば医行為である」ということではないでしょうか。この2つは似ているようでかなり違います。
心理行為に限らず人がする事が無侵襲であるということは、ほとんどあり得ないと思うので、無視できない程度の侵襲性があるかないか、というところがポイントだと思います。故に医行為でないとして心理行為を行うならば、その低侵襲性をある程度証明する必要があると思います。

というところなんですが・・・
“侵襲性があれば医行為”というのはちと言い過ぎではないでしょうか。
afcpさんご自身が次のようにおっしゃっているように。

> 魚屋さんがふぐを扱う場合に知事の免許が必要になるのは、その「侵襲性」のためであるといえないでしょうか。

まさにそのとおりで、そのときその魚屋さんが持つ必要のある資格(免許)は「ふぐ処理師」ですね。医師の資格が必要になったら大変なことです。
餅は餅屋ですよね。

上の名無しは私です。失礼しました。

bxq2uwさん
あまりにも当然なので触れてもいませんが、医行為性を構成するもう一つの要件は、(熟練した)医師が行えばその危険性を減じることができる、ということであると思います。
魚屋さんの医行為性が問題にならないのは、侵襲性の多寡ではなく、ふぐの調理に(業として)通暁した医師はいない、ということによるのではないでしょうか。

afcpさん
ありがとうございます。
来週は、京都で日本心理臨床学会が開催されます。臨床心理士会関係者の多くは、そこに結集しますので、いろいろな声がきけると思います。個々には、しっかりとしたご意見をお持ちの先生方が多いのですが、組織として動くとなると意見が纏まりにくく、全心協のように、すぐには方針が打ち出せないのかもしれませんが、何らかの動きはあるはずです。様子を探りつつ、私も、それなりに主張すべきところでは、主張してこようと思っています。

こころしかくさんへ
勝手に、ブログを利用させていただいていてごめんなさい。
このブログがは、長文でも一気に載せられるため、ついつい使わせていただいています。今後ともよろしくお願いいたします。

>ichi-ishiさん

ありがとうございます。
「指定病院での研修もしくは修士課程」という案、
私も、そのあたりが落としどころかな、と思います。

それプラス、私は以前から考えていたのですが、
例えば、家庭裁判所調査官は、採用後2年間の研修を国が行っており、
学部卒であっても、大学院を出たのに近い社会的評価を受けていますよね。
「大学院指定制」が完全施行されてしまえば、
こういう方は臨床心理士資格を取れなくなるのです。
公務員の研修や所定機関(病院含む)での研修など、
極めて限定的に国や省庁がその質を担保できるものについては、
大学院に相当するものとして、
受験資格の要件に含めてもよいかと思います。
税務署に勤めれば、税理士試験の科目免除になるのや、
法学部の教授を10年やれば司法試験が免除になるのと同じ理屈です。

私(や多くの人)も、
何もかも修士でなければ認めない、と言っているわけではなく、
「ベースを修士に置いてほしい」ということです。

ichi-ishiさんの案ですと、
極めて優秀と思われる学部卒者「も」国家資格に乗れるわけで、
一定の「淘汰圧」が働くとは思うのです。
それならば、反対まではできません。
私が反対しているのは、
「心理系大卒でさえあれば、ただちに国のお墨付き」
という状況であり、それは今より悪いと思うのです。

> デスマさんは、いつも積極的なご意見を述べていただき、感心しています。
> ただ、ときどき、思い込み、、、が出ちゃうようですね。

いやだなあ・・・(笑)。

どのあたりが、そうなんだろう。
自分ではよく分からないから「思い込み」なのでしょうが・・・。

>afcpさん

私も、bxq2uwさんに、概ね同意です。

心理的行為の「危険性」と、
医行為の「侵襲性」は、別モノと定義されてしかるべきと思います。

基本的には、ふぐの調理と、同じだと思います。
あるいは、弁護士や税理士が失敗すれば利用者に被害を与えるのと、
類似しているのではないかと。

医師の大部分が「心理的行為」に精通していないことも、
その根拠に挙げ得ると思います。
もし「医行為」であるとすれば、
医師は、100%とは言わないまでも、必要さえあれば概ね確実に、
「心理的行為という名の医行為」をやり遂げねばなりませんが、
できているとは言えないのですよ。
また、そこまで医師の義務にひっくるめてしまうと、
酷だと思うのですよ。
そんなに心理的にいい対応ができなくても、
薬物療法がちゃんとできていれば、いちおう問題ないと考えるべきであり、
医師は、薬物療法必須で心理的行為は個人の意識による、
心理職は、心理的行為はできて当たり前、ってことで、
いいように思うのです。

> 「話を聞いてもらうこと地方が目的なのよ」ということを是認すれば、

してないです(笑)。
afcpさんがおっしゃるような事例については、私も問題視します。

「話を聞いてもらうこと自体」が目的なのではなく、
クライエントの中で心理的にポジティブな変化を促したり、
さらに(必要な)クライエントの話を引き出したり、
といった目的のために、
「ちゃんと聞いてもらえている」と感じてもらうことが、
必要なのです。
以前にロテ職人さんが「なりたいサイト」で述べていたように、
「これなくして、先に進まない」のですよ。
「聞いてもらうこと自体」が目的ではなく、
主訴の解決のための、前提条件なのです。

>>「傷つけられた」「ぞんざいに扱われた」「非人間的な扱いをされた」
>誤解を招く言い方かもしれませんが、
>このあたりは相対的に小さな問題だと思います。
>特に健常ないしそれに近い状態のケースを想定した場合、
>こうしたことが起こったとしても、
>それこそ医者やカウンセラーを変えれば、
>後遺症も残さず自然に影響が薄れていくケースがほとんどであろうと思います。


このあたりが、「医師の考え方だなあ」と思うのですよ(失礼!)。
それこそ「医学的にみれば」、後遺症も残らないし小さなことじゃないか、
ってことになるんでしょうけれども、
利用者の期待を考えた場合、
もしカウンセラーと会っていて、たびたびこういうことが起こるのでは、
問題だと思うのですよ。

100%は無理でも、極めて高い確率で、
それを回避できなければ、「専門家」ではないと思います。

このあたりなんですよ。
「医学的な意味での侵襲性」ではないけど、
「心理職として当然回避すべきこと」に含まれるのは。

デスマさんへ
書かれていることは、おおむねその通りだと思うのですが、やはり根っこのところで2点ほど。

第一点
>医師の大部分が「心理的行為」に精通していないことも、その根拠に挙げ得ると思います。

医師の大部分は冠動脈バイパス手術に精通していませんが、その手術は医行為です。また一部の医師は心理的行為、ないし少なくとも「精神療法」に精通しています。よってこれは反論の根拠になり得ないのではないでしょうか。

第二点
>もしカウンセラーと会っていて、たびたびこういうことが起こるのでは、問題だと思うのですよ。

これには完全に同意します。問題はこれを避けるために適当な質の保証が保証が、どの程度であるべきなのか、ということです。期待はずれのカウンセラーに当たることを防ぐ、というだけでは「国家資格」を要求する論拠にはなり得ないと思います。

健常者に対して心理的行為を行う心理職が、普通の魚屋さんに当たるのか、ふぐ調理師に当たるのか、さてどちらだろう、ということになるのではないでしょうか。

我々は魚屋さんにも種々の期待を持って行きます。「おいしい魚を安く仕入れて欲しい」「上手にさばいて欲しい」「調理法について適切なアドバイスが欲しい」…。しかしその期待に応えることを保証するために、魚屋さんになんらかの公的資格を、というのはやはりそぐわないと思うのですよ。

心理職の質の保証を手がかりに、国家資格化を求めるのであれば、その質の保証がなされなかった際に、クライアントや社会に、どういった実害が生じるのか、またその害の大きさは、国家資格化を行ってまで避けなければいけないほどものなのかどうか、そこを論じなければならないのではないでしょうか。

でも、これって、完全に価値観というか、
倫理観の問題のような気がします。

「(よりによって)カウンセラーから傷つけられる」っていうのは、
私は、たいへん重大な問題だと思います。

afcpさんにとっては、料理がまずいのと同じことでしかないわけですよね。

そうとしか思わない人には、
「(医療以外の)心理の国家資格は不要」
なんでしょうね。たぶん。

もし、afcpさんのロジックが正しいとすれば、
なんで、栄養士や社会福祉士は国家資格なんだろう?
という疑問が生じるわけですが・・・。

みなさん
活発な議論ありがとうございます。
afcpさんやデスマさんの議論に触発され、「侵襲性」について新しい記事をエントリーしました。

デスマさんの言う、
>心理的行為の「危険性」と、医行為の「侵襲性」は、別モノと定義されてしかるべきと思います。

に私も共感します。今回のエントリーは、それを少し異なった視点から整理しよういう試みかもしれません。

afcpさんとデスマさんの議論は、どうぞこのコメント欄で続くことを期待します。

ichi-ishiさん
どうぞ、このブログでどしどしコメントをください。ichi-ishiさんの前向きの提案にはとてもはげまされます。

時間があまりないので、一言だけ。
栄養士は公的資格ではありませんでしたっけ。で、リスクの高い(糖尿病患者のような)人にも対応できるように、管理栄養士の国家資格があるのだと思っていましたが。
社会福祉士の関与の対象となるのは「身体上もしくは精神上の障害があること、または環境上の理由により日常生活を営むのに支障がある者」、つまり関与に際してリスクの高いものであることが、国家資格化の理由であると思っています。
心理職の場合にも、対象が「精神上の障害があるもの」であればその国家資格の必要性には、疑問の余地はないと思っています。
何度も繰り返しますが、問題は健常、ないし軽度の疾病性しか持たないものに対する関与に関して、質を保証するために国家資格が必要か、という事だと思います。
ここを乗り越えるために、(不適切な)心理行為の侵襲性の高さを強調する必要があると僕は思っているのですが、どうも心理職の方々の賛同が得られにくいようです。

なるほど。むむむ・・・。難しい問題ですね。

>ここを乗り越えるために、(不適切な)心理行為の侵襲性の高さを強調する必要があると

が、焦点であろうことは、理解できます。


しかし、管理栄養士も、社会福祉士も、「医行為」ではないですよね。

もし(もし、ですよ)「医療」の枠組みから考えるとすれば、
健康な人はどうでもよくて、
疾患のある人に「治療目的でなくて」他領域で会うときの、
ガイドラインが問題なのかも。
それだったら、社会福祉士の議論に近くなりますよね。

補足です。栄養士は栄養士法に基づく知事資格、管理栄養士はやはり国家資格ですね。

以下、デスマさんへ
>しかし、管理栄養士も、社会福祉士も、「医行為」ではないですよね。

この一文の意図がよくわかりませんが、僕は質を保証された心理職による非医療領域の心理行為は医行為にあたらない、と考えることができると思っています。

>「医療」の枠組みから考えるとすれば、健康な人はどうでもよくて、

少なくとも僕は医師としては、健康な人について保健予防的な関心以上のものは持っていません。もちろん患者の家族や関係者として現れる場合は別ですが。
だから心理学的介入に伴う有害事象として、健康だった人が新たに疾病性を持つという事態が頻繁に起こることにならない限り、あまり興味はありません。あとは一納税者としての関心だけが残るということになります。

>疾患のある人に「治療目的でなくて」他領域で会うときの、ガイドラインが問題なのかも。
ガイドライン…でもよいのかもしれませんが、要は治療の妨げにならない、ということだけで十分かと。

>afcpさん

ご返信ありがとうございます。

>僕は質を保証された心理職による非医療領域の心理行為は
>医行為にあたらない、と考えることができると思っています。

それさえ聞ければ安心です(笑)。

> 栄養士は公的資格ではありませんでしたっけ。で、リスクの高い(糖尿病患者のような)人にも対応できるように、管理栄養士の国家資格があるのだと思っていましたが。

栄養士は知事免許ですね。まあ、国家資格という言葉をどういう意味で使うかという問題でもあるのですが。国の法律で決められている資格だからという意味で使えば国家資格と言うこともできるわけで。
もともと日本では、栄養士も管理栄養士も集団給食施設で必要な資格だったと思います。しかし、国際的には栄養士という職種は傷病者に対する栄養指導もしているのです。日本だけがそれをしていなくて、患者の栄養管理の面では遅れた状態であったのです。それで、上位資格である管理栄養士に傷病者に対する栄養指導の業務も担わせようということで、平成12年に栄養士法が改正されたわけです。ですから、比較的最近の話になります。
そのときに例のごとく「傷病者に対して行うのだから診療の補助じゃないか」という意見もあったのですが、医行為ではないという整理になって、「主治医のあるときは指導」という話になったのです。

> 何度も繰り返しますが、問題は健常、ないし軽度の疾病性しか持たないものに対する関与に関して、質を保証するために国家資格が必要か、という事だと思います。
ここを乗り越えるために、(不適切な)心理行為の侵襲性の高さを強調する必要があると僕は思っているのですが、どうも心理職の方々の賛同が得られにくいようです。

リスク=侵襲性=医行為 という三段論法に何か飛躍を感じるということではないのかと。対象を傷病者に限定して、医学的観点から侵襲性を捉える限りにおいては、そのとおりなのでしょうが。
しかし、そういう立場に立つと、資格化は診療補助職しかなくなります。せっかく今回、医行為でないという整理をすれば法案を作ることができるのだということが見えたわけです。後戻りはしたくないでしょう。
対象者を傷病者とせず、医学的以外の観点から捉えるのであれば、リスクの件は吟味してみる必要はあるかと思います。

上の名無しは私です。

bxq2uwさんの書かれていることと僕の書いたことの間に、全く対立点は無い様に思うのですが。

>医行為でないという整理をすれば法案を作ることができるのだということが見えたわけです。後戻りはしたくないでしょう。

そのために、一定の基準を満たした心理職による健常者への心理的介入は低侵襲であり、医行為に当たらないのではないか、と主張しているつもりなのですが。

ひょっとするとそれが、情けをかけられているようでいやだ、ということなのでしょうか。

情けをかけられているとは思いませんでしたが。
侵襲性が高い=医行為
侵襲性が低い=医行為に当たらない
というのも、何かがちがちに医療の立場だなと。
侵襲性にもいろいろあるよと。医師の専門性で回避できるリスクもあれば、ふぐ処理師の専門性で回避できるリスクもある。心理士の専門性で回避できるリスクもある・・・というお話であれば意見は一致していると思います。

afcpさんの論理構成を言いかえれば、
「健常者に対しても、高い侵襲性を及ぼし得る知識と技術を用いる職種であるから、国家資格が必要である」ということになるでしょうか。もしそうだとすると医師と同じ論理構成になります。憲法22条(職業選択の自由)の規定にもかかわらず医師法17条で医師にのみ医業を行うことが認められているのは、傷病者であると健常者であるとを問わず「医師の知識と技術をもってするのでなければ人体に害を及ぼす虞のある行為」が医行為だからですね。同様に心理行為も傷病者であると健常者であるとを問わず人に害を及ぼし得る行為ということになり、つまり医行為の延長であり、保助看法解除による診療補助職として業務独占資格にする事になります。医事法制上の解釈はそうなるはずです。
結局、議論が一回りして始めに戻ってしまったような気がするのですが。誤りがあればご指摘ください。

そういうお話ではないので、一致していないですね。

僕の主張はまず、医療領域における傷病者への心理サービスの提供は、医行為である、というところから始まります。この前提には、あまり譲歩の余地はありません。またかなり多くの医師がこの立場を取るのではないかと考えています。

しかし非医療領域で健常者に対して同じサービスが提供されたといても、それは医行為ではないと見なすべきであると考えます。その理由として採用しうるのは次の二つのうち、どちらかであろうということです。

1 非医療領域での健常者に対する心理サービスは、侵襲性が小さい故に医行為ではない

2 医療領域と非医療領域で提供される心理サービスは別種のものであるが故に、非医療領域で提供されているサービスは医行為ではない

2に多数の同意が得られるとは思えないので、1を採るべきだろうと考えています。

ただ以前ロテ職人さんのところで、OZさんがおっしゃっておられたようにも思うのですが、第三の道として

3 医療領域で提供される心理サービスにも、医行為に当たるものとそうでないものがある

という立場を取る手はあるかもしれません。この場合、非医療領域で提供されるサービスも当然医行為性を持たないとすることは、自然だろうと思います。
2の論の境界線を、ぐっと医療の側に持ってきたのが、3の論ということになりますね。ここが落としどころになるのかな、という気もしています。

泡盛さんへ
傷病者に関して書かれていることは、その通りだと思います。

しかし健常者に対しての非医療領域でのサービスは、訓練された心理職による限りは、高い侵襲性を持たず、故に医行為ではないと言うことはできないでしょうか。

ただこれだとおっしゃる様に、医療領域では助看法解除による診療補助職として業務独占資格にする事が整合的です。しかしそれでは逆に非医療領域での心理職の位置づけとの間に矛盾が生じるため、どちらの整合性を優先するか、ということになるのかなと思います。

そのあたりをどさくさまぎれの曲芸で乗り越えようとしたのが、今回検討されていた要綱骨子であったのではないでしょうか。

臨床心理士会の幹部の方から指摘がありました。どうも私のここ数日の意見は、全心協側により過ぎてはいないか、、、、と。
原点に戻ってみます。

臨床心理士法案がでた直後の私の意見は下記のとおりでした。
この段階と、今の段階で異なっているのは、精神科医師団体のみならず日本医師会をも、反対表明を出させるに至ってしまっている現実です。心理職には、独自の道があると思っていましたが、医療という現実の大きな壁をどう乗り越えるか、それを考えるとき、医事法制を無視できないと、あらためて考えさせられているということです。
しかし、初診も忘れず議論したいと思いますので、あえて書かせて下さい。

【臨床心理士法案と医療心理師法案の相違点と共通課題】

心理職の国家資格化をめぐり、二つの考え方から、二本の国家資格法案が作られ、それぞれを推進しようとする動きが活発になってきました。
心理職を医療領域でのみ国家資格化すべきなのか、また、医療に留まらず、教育・福祉・司法・産業等の各領域、災害被害者支援、犯罪被害者支援、子育て支援、児童虐待、など心理職が活動するさまざまな領域を包括する国家資格とするべきなのか、岐路に立たされています。

まず、ここで、医療と心理の類似性と相違性について、確認しておきます。
医療職の診療システムと、心理職のケースマネジメントは、似ているようでいて大きく異なっている考え方、あるいはアプローチの違いがあります。

医師等の医療職は、基本的に、疾病性を軸とした医療モデルです。医師は、まず患者の主訴に基づき、症状や所見を踏まえて、病態生理を考え、生物学的視点から、治療方針を組み立て、同じ診断名であれば、治療方針もほぼ同じになるはずです。医療であれば、どこの病院にかかろうと、診療所にかかろうと、同じ見立てを受けられなければいけませんし、治療についても、施設設備の違いで紹介されることはあっても、基本的な治療方針は、変わらないはずです。また、看護職も、基本は医療モデルであり、チーム医療の中では、複数の看護師が関わっても、基本的なアプローチは共通の概念で、公平で、均一な関わり方が求められます。

しかし、心理職は、クライアントの主訴に傾聴しつつ、その人の生活、家庭・家族、人生の歩み、人間関係などを考慮して、その人の人生にとって、今起こっている問題をどう越えていけばよいのかを一緒に考えていくプロセスを重視する事例性に立脚した成長モデルです。したがって、10人いれば10のアプローチがあり、同じということは在りえません。心理職によるアプローチでは、クライアントと心理職との相互の関係性で、見立てや展開にもさまざまな可能性があり、心理療法のプロセスもさまざまです。
こうした疾病性と事例性の違いが根本にありますので、心理職の教育養成機関も、医学とは異なる歴史を歩んできています。

 また、医療においても、心理的援助のニーズは、多岐にわたっており、精神医療で求められる精神障害の診療過程における心理検査や精神療法へのニーズばかりではなく、悪性腫瘍、慢性疾患、障害児対応、患者家族支援、不妊症、異常妊娠異常分娩、医療トラブル、診療への不安や不満、何らかの疾病が生じたことによる一般的な心理的問題など、精神医療の以外の診断名のつかない「人の心理的な問題」のニーズもあります。

この点では、“医療心理師法案”では、定義に、『「心理相談」とは、傷病者等の心身の状態の維持又は改善を図るため、心理学に関する専門的知識および技術を持って、心理に関する相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うこと、、、』としており、『「傷病者等」とは、精神の安定を欠き、又は欠くおそれのある者で、、、』と規定しており(この表現が適切であるかどうかという問題もあります。保助看法の法律用語といえばそれまでですが。)、精神科診断名を得た患者さんのみを対象としていることで、本来の成長モデルあるいは事例性を重んじる心理職の在り方よりは、医療モデルまたは疾病性に軸足を置いています。これは、一般医療の幅広いニーズに応えることを目的としているのではなく、精神医療の領域に限って、法案が策定されているためです。

やはり、広く国民の利益となる国家資格とするためには、精神医療のみを想定して、精神科の診断名をもらわなくては、心理職によるカウンセリングを受けられないというのでは、やはり問題があると思います。

医療の領域(とくに精神医療の領域)に特化した形での“医療心理士法案”の背景には
なかなか広い守備範囲を包括する心理職の国家資格化が難しいとされてきたことから、医療領域の特性として、医療チームの他職種が国家資格を持っているにも関わらず、心理職のみが民間資格に留まっていることで不利益があるという危機感があると思います。心理療法を行った場合でも、国家資格ではないために診療報酬算定には組み込めない、また、ときに心理検査や心理療法自体が、無資格診療として問題になる可能性があるのではないか、という危機感です。このため、なかなか広範な領域にまたがる心理職の国家資格化が進まない中で、守備範囲が特定しやすい医療領域、特に精神医療での国家資格化を求めるにいたっています。

本来、心理職全体が、早い段階で、国家資格されれば、問題はなかったのだと思いますが、包括的な心理職の国家資格化が難航したために、国家資格化を求める動きが二分されてしまいました。しかし、今後、医療領域を含めて、広範な領域を包括しうる国家資格化の動きが明確になれば、医療心理師を求める人々の要望にも応えることができますので、一本化は可能であると思います。

現時点で、心配なのは、“医療心理師法案”と“臨床心理士法案”が並び立つことによって、共倒れに終わってしまわないかという懸念です。法案の中身を検討いたしますと、かなり似ている部分が多いのですが、また、明確に異なっている部分もあります。
これらの点を中心に、うまく、すり合わせることができれば、十分に、それぞれの資格を支持する人たちの要望を組み入れつつ、何よりも、大事な、本当のユーザーである国民にとって、大変有益な制度となりうるのではないかと思います。そこで、両法案を比較検討し、前向きに議論できないかどうかを考えてみました。
せっかく、法案ができる段階にまで、こぎつけましたので、何とか、国民にとっても、心理職にとっても、そして医療・教育・福祉・産業・司法などの関係者にとっても有益な国家資格作りがスムーズに行っていただけることを切に希望いたしております。

両法案の共通点
① 心理職の国家資格化(名称独占)
② 医師その他の関係者との連携
③ 秘密保持義務
④ 現任者への経過措置

“医療心理師法案”も、“臨床心理士法案”も、基本は、心理職の国家資格化だけですので、根底にある考え方は一つだと思います。問題となっていた医師との関係性について、指示であるのか、指導であるのかという議論がありましたが、医療の部分を含むことは、確かであり、この点について、後述するように考え方を整理する必要はありますが、医療に留まらない幅広い心理職領域において、他職種との連携は、必須のものですので、領域や状況に応じた適切な連携が可能となる表現が必要です。この意味では、“医療心理師法案”は、医療(とくに精神医療)の場における連携のあり方を明記しており、“臨床心理士法案”は、包括的な表現をとりつつも、共通領域にあっては、同様に解釈される表現となっているものと思います。

 また、両法案も、現任者への経過措置を設けることで、それぞれの法案が包括する領域における資格候補者に対して、法案が定める学歴等の受験資格要件に適合しない場合にも、貴重な能力ある人的資源を有効に使い、国民のために寄与しうるよう一定の補助研修を行うなどして、然るべき、経過措置対策を取ることは大切です。

両法案の相違点

①対象の違い
“医療心理師法案”は医療領域に特化して、「傷病者等」を対象とし、
“臨床心理士法案”は領域を特定せず、人の心理的な問題を広く対象としていること。
②受験資格の違い
“医療心理師法案”は、四年制大学卒、“臨床心理士法案”は、大学院修士課程修了
を基本としていること。
③主務省について
“医療心理師法案”では、主務省は、明記されていませんが、厚生労働省と考えられますが、“臨床心理士法案”は、「主務省」と記載し、現段階では、文部科学省を想定しつつ、場合によっては、然るべき省が主務となりうる余地を残していること。
④技能資質の向上維持に関すること
“医療心理師法案”では、登録後の「臨床研修」について二年以上の研修を明記し、
“臨床心理士法案”では、「臨床心理士の義務」の中に、継続して技能資質の向上を図ることが求められていること。

大きな相違点は、上記に集約されます。
これらの点につきましては、大きな相違点のように見えつつ、十分に越えられる壁と思います。ここまで、法案が、整備されてくれば、ちょっとした工夫次第のように思います。

①対象の違い
いま、日本国内において、医療、教育、産業、福祉、司法、災害支援、子育て支援、犯罪被害者支援など、さまざまな領域で、心のケアが求められているのは、紛れも無い事実であり、喫緊の要請課題です。
この視点でみれば、対象としては、国民全体がユーザーとして想定されなければいけないと思います。
ただし、医療現場で、精神医療や心身医療において、精神疾患や心身症の患者さんの診断や治療を目的として、プロセスに関わる場合には、当然、医療職としての知識・技術を持つ必要があるのも確かです。
連携に関しては、両法案とも記されていますので“臨床心理士法案”でも、精神医療の領域は含まれます。しかし、もし、医療や精神医療に関わる場合に、医療知識を持つことを明確に必要があるならば、基礎資格を作った後に、必要な医学に関する知識・技術に関する要件を定め、その研修を義務づけてもよいかもしれません。診療報酬の問題への懸念もあるかもしれませんが、これも、資格と医療保険制度は別個の問題ですので、別途検討していく必要があります。
医療保険制度における精神療法の診療報酬に関しては精神科医と心療内科医でも大きな差がありますので、資格法案だけでは、吸収しきれない問題です。このため、資格法案の上で、診療報酬を意識して「医師の指示」にこだわる必要はありません。
「医師の指示」か「医師の指導」かの議論は、あくまでチーム医療の上での役割行動ですので、心理職のように幅広い活動が求められる場合には、医師等の関連職種との連携を明確して、現実的ニーズを考慮して適正な守備範囲を確保しておいた上で、運用上のルール作りをすることが、大切だと思います。
また、ガンの患者さんが主治医に対する不満を相談したい場合もあると思いますので、こういう場合も想定すると、“医療心理師法案”にある「傷病者等」に限定しすぎず、これに該当しない一般の患者さんのちょっとした辛さや悩みにも、応えられるよう心理職の裁量の幅を持たせておくことも、医療全般にとっても有益です。とくに昨今の医療紛争に見られるようなコミュニケーション不足を改善することにも大きく役立つことだと思います。

②受験資格の違い
現在、心理臨床現場で働いている心理職に該当する人々は、必ずしも、大学院修士課程修了の人たちばかりではありません。ただ、一方で、臨床心理士が圧倒的に多いことも事実です。この点については、④技能資質の向上維持に関することで、上げました二年以上の臨床研修の規定をうまく使えないかと思います。
資格要件を、“臨床心理士法案”に定める修士課程修了を基本としつつ、
→「学校教育法に基づく大学(短期大学を除く。)において主務大臣の指定する心理学に関する科目を修めて卒業し、かつ、同法に基づく大学院において主務大臣の指定する心理学に関する科目を修め、当該大学院の博士課程のうち修士課程として取り扱われる課程又は、修士課程を修了した者」
追加として、「学校教育法に基づく大学(短期大学を除く。)において主務大臣の指定する心理学に関する科目を修めて卒業し、かつ、主務省令で定める研修機関において、指定される心理学および医学に関する研修を(2?)年以上行った者」として、【四年制大学+一定の臨床研修】を受験前に義務付けることでクリアできないかと思います。
研修機関としては、心理学系大学院以外で、臨床心理学を学びうる大学医学部精神医学講座または心身医学講座の研究生、国立精神神経センター・公立病院精神科または心療内科・一定の要件を満たす臨床研修指定病院の精神科および心療内科における臨床心理研修コースなどを想定して(かつての慶応大学病院精神科の心理臨床研修のイメージ)、主に、医療現場に多い非大学院卒を吸収できるとよいと思います。また、福祉その他の領域についても、有効な実務者研修機関のしくみがあれば、これらを含め、検討する可能性もあるかと思います。
なお、大学院修士課程に関しては、本来研究のための教育機関であることから、職能教育に偏ることで本来の目的が損なわれるのではという懸念もあります。また、これまで、学部で基本的な心理学を十分修得しないまま、心理系大学院に進むものへの不安も指摘されています。このため、学部での基本的な心理学の十分な学習、あるいは専門職大学院など、心理学的素養と、実践的実習についての言及を行っておく必要があるかもしれません。

③主務省について
医療領域を包括することを考えると、厚生労働省の方が望ましいように思いますが、経緯を考慮すると文部科学省であっても構わないと思います。
なお、後者の場合、医療領域で、臨床心理士が活動する場合、医学的知識の強化が必要であるとすれば、日本医師会が、産業領域で働く産業医を認定する場合のように(かつて厚生省と労働省が分かれていたときに、主務省が異なる場合に、主務大臣が指定する研修を修めることで、対策していた場合のように)、厚生労働大臣が指定する研修を日本臨床心理士会で実施し、認定医療臨床心理士として、医療現場に送り出すことも一案かと思います。

④ 技能資質の向上維持に関すること
“医療心理師法案”の臨床研修に関しましては、“臨床心理士法案”でも、文言は異なりますが、種々の領域にまたがることを考えれば、含まれているように思いますが、あえて「研修」という項目を置いたり、医師法でも取りざたされていますように「更新」に関する規定を盛り込むことも可能かとは思いますが、この点は、①および②ほど、難しい相違点ではないように思います。

基本的には、対象を国民全体に幅広く捉えている点で、“臨床心理士法案”をベースにして、これに、“医療心理師法案”の考え方を盛り込んで、医療領域でも十分運用できるような法案を作っていただくのが、取り組み易いように思います。

ただ、医療保険制度に、心理職を、どう取り込んでいくか。精神科医と心療内科医ですら、精神療法に関する保険の取り扱いはかなり大きく異なっている現状で、心理職による心理相談等をどう取り扱うのか。また、独立して開業している心理職も多い中で、国民がその費用を全額負担するのは大変なことも事実です。少なくとも、医療機関にあっては、精神科診断名によらず、心理的援助を行う場合においても、できれば、医療保険の対象となることができることが望ましいと思います。また、医療保険以外の場において、費用負担をどう取り扱っていくのか、まだまだ、問題は山積みだと思いますが、まず、第一歩、資格制定が先決です。その上で、議論を深めていければよいのではと思います。

さらに、ユーザーたる国民が、どこで、どのような形で、専門心理職にアクセスし、それを有効に利用することができるのか、きちんとしたチャンネル作りも重要です。心理職養成というプロダクトは十分な供給があって、国民からのニーズも高いも関わらず、その接点がうまく作れないのでは、意味がありません。いま、従来の臨床心理士など、ようやく国民の認知が高まり、チャンネルづくりがいよいよこれから、という段階に来ています。
一部の領域に限定してしまうことで、せっかく心理職が、プロフェッショナルとして国民の利に資するようになってきたプロセスや、心理職教育養成機関での取り組みが損なわれてしまったり、本来同じ仲間同士が法律ができたことで分断され反って協力関係を失うことになっては、国民ユーザーにとっても、大変マイナスです。
“医療心理師法案”と“臨床心理士法案”をめぐり、一部の支援者が対立するような構図も見えなくもありませんが、基本は、心理職の国家資格化だけですので、考え方は一つです。できれば、一本化を図り、全ての関係する心理職が、その業務を適正に運用できるようにしていただき、ユーザーたる全ての国民にとって有益な国家資格としていただくことが望まれます。

以上が、5月頃の考え方でしたが、これだと、外延性が示せないわけですよね。しかし、何が一番大切なのか、今一度、
来週の心理臨床学会に向けて、よく考えてみたいと思います。
長文で申し訳ございませんでした。

こころしかくさんへ
いつも勝手に使わせていただいて、恐縮です。
今後とも、よろしくお願いいたします。

来週の日本心理臨床学会大会で、国家資格化についての説明会が開かれるとのことです。9月6日火曜日17時30分~18時30分で、京都国際会館のメインホールにて、とのことです。
ようやく臨士会側の意見がまとまってきたようですね。
ちょっと、ほっとしました。

ichi-ishiさん、下記に、国家試験の受験資格の対立点を一本化することについて、書いてみました。また、ご批正いただければ幸いです。
http://blog.livedoor.jp/realize_now/archives/50209930.html

「こころへの侵襲性をめぐって」では、かなり難解な議論が展開されています。「医行為」ってそもそもそういう概念だったっけ?という気がしなくもありません。
そもそも医行為なる言葉が生まれたのは、医師法で医師の資格が業務独占の資格として規定されながら、肝心の医業の内容について何も規定していなかったという法律上の不備があったためと思います。
これでは裁判官は頭を抱えてしまったでしょう。医師法違反で起訴された被告をいったい何を基準に裁けばよいのでしょう。そこで、苦し紛れに考え出したのが医行為なる概念であったのでしょう。医業というのは医行為(と一応名付けてみた行為)を継続反復して、業として行うことである、と。
「侵襲性」というのも、似たような経緯で生まれた概念ではないでしょうか。単に医行為と言っても、なんでもかんでも医行為ということにしてしまって、医師でないと行えないということにしてしまっては、憲法が保証する基本的人権である職業選択の自由という権利を侵すことになります。そこで、医行為に一定の歯止めをかける必要性が生じました。それが医師が行うのでなければ人体に危険がある行為ということで、その危険性のことを指して「侵襲性」と呼んでいるわけです。
つまり、もともと医行為なる概念は、裁判官が事件を裁く上で必要なものとして作られたと考えられます。「医者もどき」を規制し、同時に職業選択の自由を守るという微妙なバランスの上で、裁くという行為を行うために、どうしても必要なものだったのでしょう。
そして、その医者もどきのことを医業類似行為と呼んだのです。医業類似行為は、人体に害がない限りにおいて、職業選択の自由が守られます。しかし、人体に害があるということになれば、医師法違反ということで取り締まられることになります。

bxq2uwさん

難解になってすみません。「侵襲性」のレトリックに、何度も心理職の国家資格をはばまれた歴史があるので、つい力が入ってしまいました。

「侵襲性」のもともと作られた理由は、bxq2uwさんのおっしゃる側面もあったと思います。しかし、その後の医の発展の中で、「侵襲性」が時に広く、そして時に狭く用いられ、ずいぶんと手垢のついたものとなったと思います。

医行為と臨床心理学的行為との関係を整理する上で、この手垢の付いた「侵襲性」の深い検討が必要と考えたのですが・・・。

ichi-ishiさん

>いつも勝手に使わせていただいて、恐縮です。
 今後とも、よろしくお願いいたします。

いえいえ、こちらこそコメントをいただいて感謝です。今後ともよろしくお願いいたします。

5月の時点というと、2つの法案が出て、どうなるか気をもんでいた時期ですね。「医療心理師」の主管が厚生労働大臣というのは予想がついたけれど、「臨床心理士」が、文部科学大臣と厚生労働大臣の共同主管というアイデアが出てくるとは、「想定外」でしたね。

一本化について、ひとつだけコメントを。学部(大学院)教育の養成カリキュラムのすりあわせについて、かなりの議論が必要そうです。「臨床心理士」「医療心理師」ともに、その違いをだそうと、独自の養成カリキュラムを主張する傾向にあります。

カリキュラムについても充分一本化できると思うのですが、独自性にこだわってしまうと、かなり難航するかもしれません。

bxq2wさん
医行為の概念の由来は、おっしゃる通りだと思います。
しかし侵襲概念の歴史は、そんなに浅いものではありませんよ。近代医学は、場合によってはそれ以前の医学の一部も、治療にともなうadverse effectを問題にしてきています。おっしゃる通りもともとは身体的側面への関心が中心であっただろうと想像しますが、現在ではその関心領域は広がっています。これは純粋に正の方向への変化であり、これを昔の状態に引っぱり戻すことにメリットはない、と考えます。

医行為の一般的な定義は、「医行為とは医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危険を及ぼすおそれのある行為である」のようなものになるだろうと言われています。
これを分解すると医行為性を構成する要素は、

1. 侵襲性が高いこと
2. (熟練した)医師が行えば、その侵襲性を軽減できること

であろうと思います。この侵襲性が、必ずしも人体、身体を対象とするものでなく、その包含するものが広がってきている、またそうであるべきだというのが、上の議論です。
たとえば自閉症の診断や告知は医行為です。その侵襲性はかなり大きなもので、かつ、いかなる意味でも身体的なものではありえません。身体的な侵襲性だけを問題とすることは、完全に時代遅れではないでしょうか。

私が言いたかったことは、「こころへの侵襲性をめぐって」で展開されている議論とは次元の違うことだと思います。それで、遠慮して、そこには口を挟まず別のところに書いたのです。同じ言葉を使っても、法律家と医師とでは頭の中で考えていることは違うと思います。そのへんをはっきりさせておいたほうがよいだろうと思ったのです。
そして、医学的に、あるいは心理学的にそれぞれの領域でリスクについて吟味することは、もちろんとても重要なことですが、こと資格法に関する議論においては、法律家的な発想で考えることも必要であろうと思うのです。
もちろん、法律を作るのは国会で、議員は法律家ではありませんから、不備な法律でも成立してしまうことはありますが、まったく何もないところに作る法律と違って、すでに医師や看護師など既存の資格がある近接領域に資格を作ろうという場合には、当然のことながら、それぞれの既存の職種の業務に関する法律家の解釈というものが、既に表明されているわけで、それを尊重する必要があります。
つまり、それらの資格法が昭和20年代に成立した時点では、内容的に不備のある法律だったとしても、その後のいくつもの裁判の判決を経て、次第に医行為の範囲に関する解釈が確立して行ったものと思います。
もちろん、あらゆる行為についてすべて裁判で争われている訳ではありません。最高裁の判例によって確定した解釈に基づいて、実際の個別の行為に関しては、保助看法以外のすべての医療従事者の資格法を所管している厚労省医事課が行政解釈によって決めているのです。
爪切りが医行為でなくなったというような話が新聞に載ったのも確か今年の話でしたよね。あれも行政解釈の変更です。

それで、少し話が飛びますが、長年精神保健課が検討会やら研究班やらをやっていましたよね。その中で臨床心理行為に医行為が含まれる可能性が高いとかなんとか、具体的に特定もできないのに無責任な発言が出ていました。
研究班で「医行為が含まれる」という結論が出ているということで、何か権威あるところの結論が出ているかのように言う人がありますが、国が研究費を出しているというだけのことです。研究である以上、研究内容のみで評価されるべきものです。科学研究の研究費を使っていても方法が科学的でないなら、その報告書の価値は三流以下です。
少し横道にそれましたが、研究班の中でそういう発言(医行為が含まれる)をしたのは班員であって、精神保健課の役人ではないと思います。だって医行為について行政解釈をするのは医事課の権限ですからね。医行為についてテーマにしながら医事課を呼んで話を聞かないんだなと私は思っていましたが、先に決まっていた結論をひっくり返されるのが嫌だったのでしょうね。

上に加えて、医行為性を構成する要素にはもう一つ、

医療提供施設で行われる

を追加することが出来るかもしれません。
このあたりは心理職の国家資格化実現検討委員会のコメント欄(
http://blog.livedoor.jp/realize_now/archives/50205777.html#comments)のichi-ishiさんによる産業医の活動についての解説を読んでいただくと良いと思います。同じ行為でも行う場所によって医行為となったりならなかったり、ということが法律上可能であるということは、大きな可能性です。

ただ医療提供施設で行えば医行為となる行為を、非医療施設で行う際にはなんらかの根拠法令が必要である、という点をクリアする必要がありそうですね。

bxq2uwさんへ
>臨床心理行為に医行為が含まれる可能性が高いとかなんとか、具体的に特定もできないのに無責任な発言が出ていました。

臨床心理行為のなかに医行為性をはらむものが全くないとする意見は、心理職のなかでも少数であるのではないかと思うのですが、そうでもないのでしょうか。

それは主張されるのであれば、例えば

入院治療を行っているうつ病患者に対する、認知行動療法は医行為ではない

あるいは

病院における自閉症児家族への、障害の特徴の説明や発達相談は医行為ではない

などということを論証せねばなりません。あるいは、逆にそれは臨床心理行為でない、ということを論証しても良いのですが。

いずれにしても、それははたして可能なのでしょうか?厚生労働省のなかの縄張り争いにも興味がない訳ではないですが、この議論とは無関係であるように思います。

まず、政府の中で、どの法律をどの課が所管するかというのは、それぞれの省の中の正規の決めごとであって、縄張り争いではありません。
また、医業類似行為に関しては、どのようなものがあるか医事課がリストアップしています。臨床心理行為がそこに含まれているという話は聞いたことがありませんが、興味あるところではあります。
医業類似行為業者が人体に危害を及ぼす行為に及んだときには、医師法違反で取り締まることができなくては法律本来の目的が達成できません。ですから、医行為の構成要素に「医療提供施設で行われること」を追加すると、悪徳業者に「ここは医療提供施設ではありませんから」と言い逃れする口実を与えることになるので、原則的には構成要素には入らないのです。
ただ、個別的にはいろいろ微妙なところがあるかもしれませんね。
例えば、私たちになじみ深いのは、眼鏡屋さんで行う検眼ですね。検眼というのは医行為に含まれています。で、お医者さんが処方箋を書いてくれますが、処方箋を持たずに眼鏡屋さんに行って、そこで検眼してもらって眼鏡を作ることも、私たちは普通にやってますね。
厚生省は、検眼が医行為に当たるという文書も、眼鏡屋さんが行うときに医師の指示なしにやってもよいという文書も両方出しているみたいですね。それで、お医者さんの団体と眼鏡屋さんの団体は対立していたと思いました。もちろん、お医者さんの団体の見解は「医療機関でなくても医行為だ」という見解だったと思います。昔の知識なので、その後変わっていますでしょうか。
眼鏡屋さんというのも、結構資金力があるようですから、自民党などへの影響力をもってるんでしょうね、きっと。
その点で、低収入の心理職が真似をするのは難しいとは思いますが。

と、まあ地獄の沙汰も金次第、みたいなところはあるんじゃないかなとは思いますけれど、金のない職種としては、理屈で行くしかないという側面は確かにありますね。

> 臨床心理行為のなかに医行為性をはらむものが全くないとする意見は、心理職のなかでも少数であるのではないかと思うのですが、そうでもないのでしょうか。

これについては、基本に戻って考えてほしいと思います。
法律上の医療従事者以外が医行為を行った場合は、刑事犯罪です。刑事裁判で裁かれるべき行為です。医師法の罰則規定は精神訓話ではありません。違反すれば処罰の対象とする、取り締まりのための規定です。
私が知っている心理職の人たちは、上にクソが付くくらい真面目な人が多いという印象があります。犯罪を犯すような人はいません。公衆の面前で「私は医行為をやっている」と言っていた斉○なる人物を見たことはありますが、例外的存在だと思っています。犯罪を犯している自覚があるのなら、何で警察に自首しないのかと不思議に思いました。

ともかく、医行為とされる行為を政治的に認めさせるほどの資金力のない心理職としては、法律を律儀に守って、医行為は行わないということでやっていくしかないと思います。
法律に違反した者は刑務所に行くべきです。
そして、そんなに医行為がやりたいのなら、医学部を受験して、医師国家試験に通って、医師になればよいでしょう。

医師法に関しては医事課が所管して、行政の立場から法の番人をしています。医療機関に心理職が働いていることも当然知っています。その上で、心理の仕事に関して医療従事者の法律の観点から注意や指導を受けた例はないと思います。(診療報酬の話は別ですよ。あれは健康保険法の関係ですから。)
注意も指導も受けていないのに、いきなり違法だと言われたらとても理不尽な話ですよね。そんなことにはならないと思っています。

すごい既視感を感じたのですが、ロテ職人さんのところの『本日の「サンバじゃない」』のコメント欄で、bxq2uwさん(tuponさん) とほとんど同じ議論をしていたようです。

http://blog.livedoor.jp/rotemeister/archives/15923731.html#comments

興味のある方は、No.759、760のtuponさんのコメント、782、783の僕のコメントをご覧ください。その後tuponさんより再反論を頂けなかったので、納得していただけたのかと思っていたのですが。僕の考えていることはこの時から変化しておりません。

はい。tupon改めbxq2uwです。灰色のたぬきさんのところにおじゃましたら、名前が替わってしまいました。(というか、アカウントが自動的に名前として表示されるようで。連続した内容で移ったので、そのまま改名しました。)
それと、4月のコメントに反論しなかったのは、仕事が非常に忙しくなって、しばらくブログから離れていたためです。遅ればせながら、ここで反論させていただきます。

> 「あともう一点反論しておくならば、心理療法の違法性に関してでしょうか。
警察官が病院の心理技術者を捕まえにこないのは

>心理臨床の行為が医行為に当たらないことが明らかだったから

ではなく、現行の法やシステムの不備が明らかであり、心理職による心理療法が、慣習として既になされており、その実施方法などが明らかに一般的な良識に反するものではないからではないでしょうか。」

警察は法やシステムの不備までは考えていないだろうと思いますが、後段は同意します。
私がそれを言ったのは、警察は付け足しで、どちらかと言えば精神保健課が斉○氏を審議会の委員等に抜擢したことに対してだったと思います。
役所の体質をご存じないのかもしれませんが、役所というところは、非難されることを大変恐れますので、犯罪を犯している可能性のある人物を委員などに付けることは絶対にしないものなのです。

> 心理療法の(少なくともその一部)を医行為だと考えている厚生労働省が、それに関する法律が、現状に追いついていない不備な状態であることを自覚し、検討を行っているのが現状であると理解しています。
であるならば厚労省の役人の前で心理職が「自分のやっている行為は医行為である」と言っていることには、何の矛盾もありません。厚労省の立場としては、「おっしゃる通りです。それをふまえて法律を整備しましょう。」となるのではないでしょうか。

それは違います。
まず、ここで「厚生労働省」と呼ぶことで正確な理解ができなくなります。それぞれの法律をそれぞれの課で所掌しているからです。精神保健(福祉)課は精神保健(福祉)法を所掌していますが、医師法は所掌していません。それは医事課が所掌しています。これは縄張り争いなどではなく、正式の役割分担です。医行為は医師法に関係する概念ですので、医事課が所掌しています。
「厚生労働省が、それに関する法律が、現状に追いついていない不備な状態であることを自覚し」っていうのは、まさか「医事課が医師法に不備があることを自覚し」っていう意味じゃないですよね?(^^;)
もちろん法律に不備があるなら、政府が責任を持って改正すべきです。取り締まりの結果が刑事犯罪になるような法律ならなおさらです。医師法は国民の命に直結する法律ですから、当然医事課は強い責任感を持ってその法律を運用していると思います。
爪切りに至るまで医行為か否かをはっきりさせている医事課が、「医行為だかどうだかよくわからないから、皆さんのお考えを聞かせてくれませんか。」なんて気弱なことをいつ言ったんですか?医療法を含め、医事法制に関し適正に運用するよう各都道府県に対しても指導していると思いますが、そんな弱腰の姿勢を見せた話を聞いたことがありません。
繰り返しになりますが、法制度に不備があるのなら、その法律を所掌している課が責任を持って法改正を行うのが当然です。しかし医療従事者の法制度に関する限り、医事課は自信を持って「変える必要はない」と言うように思いますが。

この場所がこの議論をすべき場所なのか、少し疑問はあるのですが、とりあえず。

>まず、ここで「厚生労働省」と呼ぶことで正確な理解ができなくなります。

書かれていることは文章の上では理解できますが、精神保健福祉課が立法に向けて検討を行っているまさにその領域で、医事課が何らかの違法性の告発を行うということがありうるということが、どうしても得心できないのです。
それがありうるとしたらあまりにも一般的な常識とはかけ離れた世界だと言わざるを得ないと思いますが。そうしたことは国家公務員の世界ではありうることなのでしょうか。役人の生態に精通しておられるbxq2uwさんであれば、そうした事例をご存知なのでしょうか。であるならば類似の事例などをお示しいただければと思います。

>まさか「医事課が医師法に不備があることを自覚し」っていう意味じゃないですよね?(^^;)
もちろん違います。

>もちろん法律に不備があるなら、政府が責任を持って改正すべきです。
そう考えて厚生労働省、文部科学省がずいぶん以前から心理職の国家資格法制化にむけてずっと動いてきたのではないのでしょうか。さて今までそれが実現していないのは、はたして政府の責任なのかでしょうか。

「現行の法や制度の不備」をどう捉えるかの整理が必要のようですね。
まず、既存の法制度があって、その関連で不備がある場合、その法律を所掌している課がその対応に関して責任を持つことになります。
過去の経緯については、つなでさんのところに書きましたの参考にしてください。
要点を書きますと、精神衛生法の不備が国連人権小委員会で問題にされ、日本政府が精神衛生法の改正を表明しました。その日本政府というのは当時の精神衛生課です。国連人権小委員会の有力NGOメンバーである国際法律家協会(ICJ)の第一次調査団の勧告(1985)は精神衛生法の改正(1987)に大きな影響を与えました。法改正の効果を検証するために第二次調査団が派遣され、その勧告(1988)の中にPSWや臨床心理士の資格に関する提言が含まれていました。ですから、PSWや臨床心理技術者の資格問題は精神保健法に関連する問題として、その後の精神保健法改正の都度、国会の附帯決議に盛り込まれることになったのです。
ここまでは歴史的事実です。
さて、このような経緯で、PSWや臨床心理技術者の資格法制化問題は精神保健課の所掌するところとなったわけですが、医行為というのは精神保健法の問題ではありません。医師法の問題です。資格法制化問題が精神保健課で所掌するという整理が厚生省内でついていたとしても、医行為に関してまで精神保健課に任せるなどどいうことは、法律の所管から考えて常識的には考えられないと思います。精神保健課と医事課との間でそのような密約が交わされたというなら、そう言う人がその証拠を示すべきでしょう。
つなでさんのところにも書きましたが、ICJの勧告の基本的姿勢は、日本に国際標準の考え方に立つことを求めています。ですから、その提言の中に、看護師の業務独占の解除などという極めて日本的なやり方を要請するような意味合いは含まれようもありません。したがって、それを根拠にして、精神保健課が医事課に対して(看護課も関係するかもしれませんね)「医行為も含めてうちの課に任せてくれませんか」などと交渉することは理屈が立たないと思います。ですので、私はそのような密約はなかったと考えています。
医行為の判断について、精神保健課に渡すという整理がない以上、医事法制上の違法行為を発見したときに、医事課が何らかの注意や指導を行わなければ行政としての責任が果たせません。いや、私は医事課はちゃんと責任を果たしていると思っています。

経緯についてのご説明、ありがとうございます。その点はよくわかりましたが、僕のおうかがいしたかったこととは異なっています。

僕がおたずねしたのは、

同じ省の中(に限らなくても良いのですが)で法制化が検討されている問題に関して、他の担当部署が、現に行われている活動についての違法性を、司法に告発した事例があるのかどうか

ということです。そこにお答えをいただければ嬉しく思います。
これが普通にありうることだ、と考えることが僕にはどうしても出来ないわけで。

そのような具体的な事例を私は知りません。
そもそもそういう質問が出てくること自体が、問題の整理がついていないことに起因していると思います。
「現行の法や制度の不備」というのが、医事法制のことを指しているのか、あるいは精神保健福祉法のことを指しているのか、そこを明確に認識したところからでないと議論は混乱したままです。あるいはあえて混乱させようとしているようにも思えます。
医師法に不備があるということではないというところまで確認しましたよね。一歩進めて、医事法制に不備があるかどうかということについてはどうでしょう。過去にどこかで問題が提起されていますでしょうか。そういうことがあるのであれば、医事課サイドで何らかの審議会の議題として取り上げるなり、検討会を開催するなり、何らかの動きがあるはずですよね。何か具体的な情報をお知りでしたら教えてください。
私はそういう情報をつかんでいないので、医事法制に手を付けるということは今の厚労省のテーマにはなっていないだろうと認識しています。
で、例の心理の資格問題の検討会や研究班の話に戻りますが、表で「医行為が含まれる」とかなんとか言っていたのは委員や班員であって、精神保健課の役人は表だっては言わなかったんじゃないかと思いますよ。医事課の分掌事項であって、それを言ったら越権ですから。
委員や班員は個人の立場で参加していますから、何を言おうと自由です。越権とかいうことは全く関係ありません。だからといって、その勝手な発言で医事課が医事法制に関して法律に基づいて行政を行っていることを制約されるということはあり得ません。
もう一度整理しますが、厚生省内で精神保健課が心理の資格を担当することは任されていたと思いますが、医行為を担当することは任されていなかったと思います。ですから、「法制化が検討されている問題に関して、」の問題の中に医行為は含まれていないと思います。逆に言えば、もし医行為が問題なのであれば、医事課ではなく、精神保健課こそが「他の」部署なのであって、遠慮しておとなしくしていなければならない立場なのです。

>医師法に不備があるということではないというところまで確認しましたよね。
確認していません。医師法という法律のカバーしていない点は判例、慣習によって補われ、全体として「法」の形態をなしている、という指摘を以前させていただいたように思います。

僕は繰り返し「現行の法や制度の不備」に対応して、精神保健福祉課などが立法に向けて動いていると書いています。これは法や制度の不備が心理職の位置づけに関するものである、という主張です。

>もし医行為が問題なのであれば、医事課ではなく、精神保健課こそが「他の」部署なのであって、遠慮しておとなしくしていなければならない立場なのです。

とすると心理職国家資格の法制化において医行為性が問題になっているならば、担当課は医事課に移るということですね。そうすると社会復帰施設における国家資格心理職の位置づけやその養成過程の検討も、医事課が担当することになるわけですね。精神保健福祉課や文科省の高等教育局は一切関与しないと。斬新なご意見ありがとうございます。

なんと言うか、純粋にひとつの担当部署の所管する問題だけに関わる法律というのはいったいどのくらいあるのでしょうね。多部署の間でそれぞれのポイントを調整しつつ、一つの担当課が最終的な責任をもつというものだと考えていました。勉強不足で申し訳ないです。

「建設的議論」からどんどん遠ざかっていますね。申し訳ありません。
こころしかくさんほか皆さん、ご迷惑をおかけしております。

> >医師法に不備があるということではないというところまで確認しましたよね。
>確認していません。

>>まさか「医事課が医師法に不備があることを自覚し」っていう意味じゃないですよね?(^^;)
>もちろん違います。

とおっしゃいました。
これは、医事課でなくて精神保健課が、という意味だったということでしょうか。

> とすると心理職国家資格の法制化において医行為性が問題になっているならば、担当課は医事課に移るということですね。
これまでの医療従事者資格の例では一般的にそうだったと思いますので、医行為も含めて精神保健課で扱うという話が推測できるような情報があるなら、ぜひ教えていただきたいと思っています。

> 斬新なご意見ありがとうございます。
いや、斬新でも何でもなくて、これまでの医療従事者資格はすべてそうだったような気がしているだけなので、そうじゃないという例があるなら考え直してみます。
医行為が一部でも含まれているなら、医事課で所管していたように思ったのですが。

> なんと言うか、純粋にひとつの担当部署の所管する問題だけに関わる法律というのはいったいどのくらいあるのでしょうね。

これも少し誤解があるようですね。もちろん、「現実」というのは複雑で、いろいろな課の仕事と関わり合いがあるのは当然です。
しかし、今問題になっているのは「医行為」です。しかも、個別(現実)の行為が問題になっているのではなく、「法律」(制度)の問題として問題になっているのです。この場合の「法律」というのは「医師法」と「保健師、助産師、看護師法」になります。
法律の問題であれば、それを所掌する部署は政府の中で決めています。誤解のないように付け加えておきますが、すべての法律について必ず一つの課が担当していると言っているのではありません。決めてある法律に関してはそのように決まっているということを言っているだけです。
私はほとんど政府の中の決めごとを申し上げているだけですので、「最近は行政府の中のルールもこんな風に変わってきていますよ」というような情報があれば、勉強させていただきたいと思っています。

> 「建設的議論」からどんどん遠ざかっていますね。
いやいや、政府内部の事情(これも「現実」ですね。)をできるだけ正確に把握するということも「建設的議論」には欠かせないと思いますよ。
例えば、全心協が長年診療補助職で資格化したいと主張してきましたよね。「そのほうが診療報酬が稼げるから」というのがその理由だということは皆さんご承知のことですね。
ところが、今回の医療心理師法案では、いきなり診療補助職を引っ込めて出してきたわけです。なぜ、突然長年の主張を引っ込めたのでしょう。私は政府内部から、政府内部の情報を聞かされて、それでこれまでの主張を断念する決断をしたのだと思うのですよ。「お金よりもまず資格」という判断をしたんじゃないでしょうかね。

ええと、だんだん対立点が見えてきました。

>今問題になっているのは「医行為」です。
このブログなどで今問題になっているのは確かに医行為ですが、本来の問題は心理職の国家資格化であり、医行為性の問題はその一部であったように思います。この認識の違いがbxq2uwさんと僕の対立の原点であるように思います。

本当にコップの外で今問題になっているのは、医行為ですか。

>厚生省内で精神保健課が心理の資格を担当することは任されていたと思いますが、医行為を担当することは任されていなかったと思います。ですから、「法制化が検討されている問題に関して、」の問題の中に医行為は含まれていないと思います。

このロジックは本当に正しいのですか?

僕は国家レベルの行政についてはごく平均的な一般市民レベルの知識しか持ち合わせていませんが、

厚生省内で精神保健課が(主に)心理の資格を担当することはまかされています。医行為を担当することは任されていなかったので、担当する医事課と折衝しながら、国家資格化を進めていくことになります。

という文章であれば、素直に得心がゆくのですが。

> このブログなどで今問題になっているのは確かに医行為ですが、本来の問題は心理職の国家資格化であり、医行為性の問題はその一部であったように思います。この認識の違いがbxq2uwさんと僕の対立の原点であるように思います。
> 本当にコップの外で今問題になっているのは、医行為ですか。

今問題になっているのはもちろん心理職の国家資格化ですが、医行為の問題に踏み込んだとたん、医事法制上の問題となります。それは逃れようがありません。

> 厚生省内で精神保健課が(主に)心理の資格を担当することはまかされています。医行為を担当することは任されていなかったので、担当する医事課と折衝しながら、国家資格化を進めていくことになります。
> という文章であれば、素直に得心がゆくのですが。

まさにそこのところです。ようやく話がかみ合ってきましたね。精神保健課が検討会や研究班をやっていたときに、何度も「医行為」のことが話題に出ましたが、そこで医事課と折衝をするとか医事課の担当者を呼んでレクチャーしてもらうとかの話にならなかったのを私は不思議に思いました。そして、医事課を呼んでは何か不都合なことでもあるのかな?と思っていました。そこから、精神保健課は医事課の了解を取り付けてはいないんだなと推測していました。
今回、私が非常に重要な情報だと思ったのは、全心協のホームページに載っていた、昨年の11月16日に資格法案策定に受けて(向けて?)関係者協議を開催という記事です。そこに「自民党議員4名、衆議院法制局、厚生労働省医事課、精神保健福祉課、全心協」とあります。
今まで医事課と同じテーブルにつくことを避けていた精神保健福祉課が、初めて医事課を呼んだのです。そして、その後に出てきたのが医行為に踏み込まない資格案であったわけです。私は「ついに精神保健福祉課が本気で資格を作る気になったな」と思いました。

なるほど、大変興味深いお話ですね。

精神保健福祉課は医行為性についての議論を迂回しない限り、法制化は困難だと判断し、その了承を医事課から取り付けた。しかしその迂回について、医療関係団体の承諾は得られなかった、という解釈でよろしいのでしょうか。

その視点から見ると、その後の経緯はどのように説明されるのでしょうか。ご存知のことがあれば教えていただければと思います。

afcpさん。
おおよそそのような解釈になろうかと思います。
医療関係団体の承諾も取り付けていたように思います。
医療関係団体の反対は7月5日に示された臨床心理士とドッキングした法案に対してですよね。
これはもう、「臨床心理士会が医療関係団体に嫌われているんだなあ」というのが率直な感想ですね。
臨床心理士が非社交的なのが響いていると思います。うちにこもらず、他団体・他職種と地道に交流を続けてゆくことが大切だと思いました。

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