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« 臨床心理職の請願署名が国会に受け付けられました | トップページ | 「医療心理師」のこわーいお話 »

2005年7月 8日 (金)

尊敬される「臨床心理士」国家資格になるために

「(現)臨床心理士 → (新)臨床心理士」となるために、あってほしいこと。

やはり質を確保して、国民から広く信頼される国家資格に生まれ変わってほしい。

そのために、こうあってほしいという個人的な願いです(あくまで私見です)。

①(現)臨床心理士も含め、全員が国家資格のための研修を受ける

②(現)臨床心理士も含め、全員が国家試験を受ける(スライド制にはしない)

③現在臨床心理士でない人にも、ある基準以上の臨床経験を持っている人には、条件付で(現任者講習会のようなもの)、国家試験受験資格を与える

④(新)臨床心理士は更新制とする(更新制が難しいなら、ポイント制などの職能組織内の自主的基準を設ける

⑤スーパーバイザー養成、実習受け入れの研修など、次世代育成のプログラムを充実させる

こんなことをかかげると、えーっと言われそうですが、やはり質の高い国家資格で目指すことが何よりも大切と思います。そしてこれまでさまざまな事情があって臨床心理士を取らなかった方にも、ぜひ(新)国家資格に参加してもらえればと考えます。

もちろん試験を受けたり研修会を受けたりするのは大変ですが、でもやはり国家資格となるのであれば、やはりさまざまなことを改めて確認する機会が必要ではないでしょうか。尊敬される(新)臨床心理士を作りましょう。

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あるべき心理職国家資格の姿」カテゴリの記事

コメント

別に私は「尊敬」されなくてもいいんですけどね。
こころしかくさんは尊敬されたいですか?
てか、この尊敬は誰からの尊敬なんでしょ?

とりあえずこころしかくさんのおっしゃっていること+nobuさんのおっしゃっていることには全く同意します。
まあ、こころしかくさんがおっしゃっているような内容は、「最低限」必要なところでしかないとは思いますが。


 このような話は、実際心の問題を抱えているPtさんには残念ながらとどいていません。尊敬されるか、されないかは各心理士次第です。
  できない心理士は淘汰されていきます。辞めていきます。
 それはそれでいいのです。
 私の周りでも、辞めていく臨床心理士を何人も見ました。
 仕方ないことです。
 これで、食っていくという気持ちがあれば、いろいろ考えて成長していくものです。
 今回は、いつか国家資格と十数年いってきた臨床心理士会、
 大塚先生、河村議員の民間資格の臨床心理士を国家資格にという明言を実行してもらいたい。
 旧臨床心理士会を残すのであれば、話は別です。
 まだ、どうなるかわかりませんが、スライド反対というプログの管理人が多いですが、現場の臨床心理士声をまずひろってみてください。
 多分これまでとらなかったひとは、医療心理師を受験しますよ。
 勘違いしてほしくないのですが、試験に落ちるとか、そんな単純な問題ではないのです。
 会員の声を聞くべきでしょ。それから考えてもいいのでは。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

>ロテ職人さん

たしかに、「尊敬」されるかどうか、ということ自体は、
別にどうでもいいですね。
そんなこと自体が目的ではないですし。
そしてまた、「最低限」でしかない、というのも、全く同意です。


>イチロースワンさん


本当に分からないから聞いているのですが、
いったいどんな理由で、そのようにおっしゃるのですか?

これまで取らなかった人、というのは、
臨床心理士会の理念や方針、やり方などに
納得できないと思って取らなかった人が多いでしょうから、
それはまだ推測できるのですが…。

「現場の臨床心理士(の)声」というのは、
イチロースワンさんにとっては自明のことであっても、
説明されないと私には、分かりません。
私の周りには、どちらかというと、
臨床心理士があれば医療心理師は要らない、という人のほうが多いので。
なお、私も現場の人間で、臨床職です。

> 会員の声を聞くべきでしょ。それから考えてもいいのでは。

法律に根拠をもたない民間団体の資格が
そのまま国家資格にスライドした前例はありません。
会員の声とか意見ではなく、
法的に理にかなう形で処理されるべき事柄であると、私は考えます。

大塚義孝や河村議員が言ったとか言わないとか、そんなことより、
スライドなどありえないし、好ましくない、というのは、
常識的に考えれば分かることだと思うんですがね…。

あと、心理職が淘汰されていくこと自体は、
別にそれでいいと思います。

> 旧臨床心理士会を残すのであれば、話は別です。

たしかに1点だけひっかかるとすれば、
新国家資格も、従来の協会資格も、
どっちも「臨床心理士」という名称なんですよね。
(今のところ…。)

もし、協会資格の臨床心理士が無くなってしまうのであれば、これはたしかに問題ですよね。
一旦取得したはずの協会資格が、無かったことになるわけですから…。

これも多分、「常識的に考えれば」、新国家資格のほうは、
最終的には、別の名称になると思いますけどね。

もしイチロースワンさんが、この点において主張されているのであれば、
それだったら理解はできますが…。


 >臨床心理士デスマさん

 今国会で仮称臨床心理士法案が成立したとしましょう。
 臨床心理士デスマさんのおっしゃるように、多くの有資格者が受験する。しかし、試験ですから、実力のない方は落ちる。
 例えですが、500人落ちたとする。
 この500人の方たちのために現在の民間資格を残す。
 日本臨床心理士会はそんなことはしたくないでしょ。
 
 臨床心理士デスマさんは、日本臨床心理士会が、残すとお考えでしょうか?。

 残る人はいないとは思いますが、万が一残るという人がいればですが、可能性はありますよね。

 それと、私の周りには、スライドの可能性ありと考えている方がいるのですから仕方ありません。

 その数が何人か、それは私にもわかりません。

 世界観の違いですから、逆説の接続詞をもって「こうだ」
というのも、いかがなものかと...。

 臨床心理士デスマさんのプログをみて?と思う人もいるかもしれませんよ。

 私の文章は、希望、願望、お願いですから。

 プログをはじめてみさせてもらいましたが、スライドのところだけ大きく「ぜったいない」と書いてましたが、それと誰かとそのことで討論してましたが、相手がおれたような気がしてなりません。

 まあ、私は、署名活動も終わりましたので、成り行きを待ちたいと思います。
 

世界観の違いとして済ませられる問題ではないと思いますよ。
民間資格が国家資格にそのまま「スライド」は、法律論的におかしいです。
世間知らずだよなーと思ってしまうわけです。


> 私の文章は、希望、願望、お願いですから。

「希望、願望、お願い」の割には、そういう表現になっていないんですよね。
スライドが当然で、そうでなければ臨床心理士会なり、
議員なりが悪い、という表現になってますけどね。

もちろん、「理屈には合わないけども、そうだったらいいなー」という話であれば、
それは分かりますし、目くじらを立てる必要もないですが。


> 例えですが、500人落ちたとする。

しかし、経過措置は5年間ありますので、
この500人の方は、あと4回受けられるのですよ。

> それと誰かとそのことで討論してましたが、相手がおれたような気がしてなりません。

それならそれで、致し方ありません。
カウンセリングではなくて、議論ですし、
必ずしも情緒的に腑に落ちて納得してもらう必要はないと思います。
(そうであれば、なおいいですけどね。).

スライドはちょっと例が悪すぎますが、
もし、私の考えと違う主張に正当性があるのであれば、
それはそれとしてそれを的確に言語化して、
私の世界観を変えてくれるぐらいの人が現れれば、
それはそれでよいことだと思います。

イチロースワンさんにしても、
私のブログに来てくださっている一部の人もそうなんですが、
もし、正当性の次元の議論ではなく、
「理屈には合わないかもしれないけど、私の気持ち・願い」
というような内容を書き込みたいのであれば、
それに見合った表現をしてほしいなあ、と。

相手が理屈をいうのであれば、私は理屈しか返しませんし、
また、私に限らず、だいたい相手に出したものと
同じ水準のものが返ってくるのが、
コミュニケーションの常ではないかと思うのですが…。

あと、あの場はあの場で、しようがなかったかな、と。

あたかも、河合氏が「スライド」を支持し、
そういう方向で動いているかのような書き込みをされては、
臨床心理士にとって、対外的に不利益になりますので…。
事実だったらまだしも。

思っているだけだったらいいけど、
臨床心理士と利害の相反する団体や個人にとって、
格好の好餌となるような書き込みだということが、
どうして分からないんだろう、と個人的には思うわけです。
まあ、今回の場合には、私がもっていた情報を提示できたから、
まあよかったわけですけどね。

もう、だから、今後「スライド」希望の書き込みは、全て、
全心協や医療関係団体からの、妨害行為とみなして対応しようかな、なとど
考えてしまうんですよ。(いや、半分は冗談ですけどね。)

いろいろとご意見ありがとうございます。
「スライド」希望は、そう「希望」されることは理解しますが、その「希望」が新しい国家資格への信頼を落とす危険な考えであると、議論をみていて私はやはり思います。
「尊敬」されることがもちろん目的ではないです。ただし、クライエントや社会から信頼され、よくやっていると尊敬も受ける職能集団を作っていくことが、次の世代のよい人材を集め、質も上げ、それがクライエントに還元されていく、ということですね。ちょっときれいごとすぎるのは確かですが、きれいごとも面の皮(文字の皮?)を厚くして主張することが、この局面では重要と思っています。「最低限」という意見にももちろん同意します。
あと、イチロースワンさんの発言で、
「多分これまでとらなかったひとは、医療心理師を受験しますよ」というものがあります。こういった「そっちがだめならあっちに頼るよ」というやり方を、これからお役人が政治的に使うんだろうなー、と改めて感じます。2つの資格並立はその意味でもよくないですよ。

初めて書き込みします。CP武蔵と申します。
私は、修士終了後10年。CP取得後8年になります。医療、教育分野の非常勤を転々としたあと、現在クリニックの常勤職に就いています。

こころしかくさんのブログ拝見して、大変共感しています。今後も、頑張って続けてください。

さて、私もイチロースワンさんの書き込みに「??」と感じる一人です。

私が資格を取った頃は、臨床心理士会の会合で、国家資格化の話になったとき、乾先生が出てきて「現在の臨床心理士資格がそのまま国家資格になることはない。全員試験を受けていただくことになる。」と話されて、がっかりした思い出があります。それ以後も何度か同じ話を、奥村先生などいろんな先生がなさっていました。なので、私は最初から、スライドはありえないと思っていましたし、多くの臨床心理士がそのように思っているものと、思います。実は、私は最近あまり臨床心理士会の会合に出ていないので、最近のことはわからないのですが。でも、常識的に考えても、法的に考えてもスライドはおかしいと思います。

臨床心理士制度は、もともと更新制度があるのですから、それと同じようなレベルの試験があるものと認識しているのですが。つまり、現在の更新制度は、普通に研修を受けていれば、まず基準を満たせるような制度ですよね。それと同じように、実際に職についている人にとっては、簡単なレベルの試験に一回目の国家試験はなるだろうと予想しているのですが、甘いのでしょうか?

それと、私の希望としては、国家資格の移行措置では、ケースレポートや検査レポートを出すなどの審査にしてほしいと思っています。そうでないと、医療機関に働く他の専門職や事務職で、心理療法をやったことのない人でも、管理者の書類の書きようによって基準を満たすようになってしまう恐れがあると思うので。

今後もよりよい国家資格実現に向けて、できることは何でもしていきたいと思っています。もう医療機関の署名も結構集めて、提出しました。今、他にできることはなんでしょう?

CP武蔵さん
コメントありがとうございます。バランスのある発言をいただいてとても安心しています。自分たちが楽だとか都合がよいという発想ではなく、自分たちの資格の質をどう確保し、自分自身がどう研鑽していくか、そんな考えの発言と行動が必要な局面ですよね。
今、政治的な妥協として、2資格並立法案が進んでいます。これまでの経緯はともかくとして、2つの資格が医療現場を混乱させること、それを現場の立場から率直に発言いただけるとありがたいです。CP武蔵さんのような、これまでの政治的しがらみにあまり影響されない中堅の皆さんの発言に、とても期待しています。

始めてお邪魔いたします。このブログは動きがわかって
大変参考になりますね。

心理屋になって15年目のものです。臨床心理士です。実力の有無はともかく、いつのまにか年齢だけは重ねて中堅世代です。殆どの臨床分野を渡り歩いて来ました。

臨床心理士など、誰も相手にしなかった時代を知っている者としては、国家資格化は正直、夢のような話です。ようやくにして、世間から多少は認められた気分です。

民間資格から国家資格へのスライドは、法律的にありえない
話です。それを望んでいる、あるいはそれが可能だと考えている心理士がいるとしたら、世間知らずと言われても仕方ないでしょう。

現在の臨床心理士資格も、出来たばかりの頃は受験者も少なく、簡単な論文審査でオッケーでした。ですから、実力がない人も通っている可能性があります。一度振るいにかけて、実力のない方は試験に落ちるというのもやむを得ないと思っています。

医療心理師だろうが、臨床心理士だろうが、資格は資格。単なるスタートラインに立ったというだけの話。色々な意味での「仕事力」があるならば、仕事は向こうから勝手にやってきます。そうでない人はいずれ淘汰されていくと思います。

この資格を社会的ステイタスとみなして、謙虚さを失う事の方を私は心配してます。杞憂ならばよいのですが、時々他の専門職の方の意見に耳を傾けようとしない方、自分が神か何かとカン違いしているような方々も見受けるので・・

いずれにしても、国家資格化になって世間的にも注目を浴びるだろうし、認知度もあがるでしょうから、今まで以上に世間から認められる仕事をしていかねばならないと言う事だと思います。

本論からずれてしまいました。すみません
長々と失礼しました。

しがない(しがなくない)心理屋さん
思いのこもったコメントありがとうございます。
そうなんです。国家資格の議論はあくまでスタートラインなんですよね。そのライン作りに多大な労力と時間を要したことで、国家資格になった後にも謙虚さを維持できるか、自己努力に甘さが出ないか心配です。
(しがなくない)心理屋さんのような現場で地道にやってこられている方のご発言は、本当に貴重です。

ものおもいさんの「無資格スライド論」について、私の意見を再度エントリーしました。ものおもいさんは、臨床心理士として責任感と強い思いをもって活動されているのだと思います。だからこそ、臨床心理士を継続して大事にしていきたいと主張されているのだと思いますし、その意見は心情的には理解したいところです。しかし、私は臨床心理士がその信頼を広く得るには、まだまだ多くの課題が山積していると厳しい認識を持っています。だからこそ国民から広い信頼を得るためにも、試験は重要と思っているのです。

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こころしかくさんのブログ「臨床心理職の国家資格のための緊急ブログ」(以下、緊ブロ)において、「尊敬される『臨床心理士』国家資格になるために」と題して、国家資格「臨床心理士」への願いが書かれています。ある意味、このブログよりも、日本臨床心理士会寄りのブログです。詳しくは向こ... [続きを読む]

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