2006年10月10日 (火)

「国際シンポ」速報2-感想

今回のシンポは、医療関係団体の方も参加してくださって、ご発言してくださいました。日本精神神経科診療所協会の先生や日本精神神経学会の先生からの率直な発言がありました。また、日本精神科病院協会の先生も参加しておられました。なかなか、緊迫したディスカッションでしたが、医療と心理の関係者が直接に意見を交し合うこの機会は、本当に待ち望んでいたものでした。医療関係の皆さんの意見にはまだまだ理解をいただくまでの距離も感じましたが、このような議論を重ねることの大切さを再認識しました。

今回のシンポの中で、すべての先生が強調されていたのは、心理学独自の専門性とその対人サービスがあり、それは医療のサービスとは異なるものだ、ということだと思います。この点を、海外の先生はさかんに、心理士の立場はfree(フリー)である、と強調していました。この意識はわれわれにとってはなじみのある考えと思うのですが、医療の方々からはやはりわかりにくいのでしょう。

フロアーからは、社会福祉士の方からの発言もありました。この発言は、私は聴いていて、思わず涙が出てきました。ソーシャルワーカーが医療の分野に入ることの困難さの歴史と、医療に入るならばと条件を提示され(医療関連科目を大幅に履修することを要求されたとのこと)、それではソーシャルワークの独自性を保てないということで話を断ったという話、その結果「100年は医療の世界には入ってこれない」と言われてしまったという話でした。まさに、同じようなことが心理の世界でも起こっていますね。

国家資格問題は、自分(心理士自身)のためとか地位向上のためということではなく、心理学の知恵を質の高いサービスとして享受する国民の権利を、守ることができるかどうかということとイコールであると再認識しました。海外ではそのような国民の権利を保障する法整備を整えたところが多いです。さて、日本は?ということですね。

どうぞ、皆さんのご意見、ご質問をおよせください。

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「心理専門職に関する国際シンポジウム」速報1

本日(2006年10月9日)、東大の安田講堂で、シンポジウムが開催されました。

参加者は400名ぐらいだったでしょうか。熱気のある会でした。

詳しい内容は追ってご報告しようと思いますが、参加した感想を少しだけ・・・。

はじめに、河村健夫先生(国会議員)からのビデオでの挨拶がありました。臨床心理士の役割の重要性に触れながら、「今度の臨時国会で、前回用意した法案を提出できないか調整中である」という力強い言葉をいただきました。

海外から参加のAlfred Pritz(世界心理療法協議会会長), Peter Kinderman(リバプール大学), Orjan Salling(スウェーデン心理学協会理事長)ともに、それぞれの国の心理職国家資格の重要性と大変さなど、いろんな話を語ってくれました。

Pritz先生は、心理療法家がなぜ政治的な動きが苦手がという心理的検討から始まり、心理職が政治的に動くことが、クライエントや国民のためになるという話をとてもわかりやすく語ってくれました。また、心理職の国家資格の標準的な姿を提示してくれました。

Kinderman先生は、英国の臨床心理の資格化の動きをとてもわかりやすく説明してくれました。医療とは異なる心理士の役割について、たとえ精神障害であっても障害にいたる心理的プロセスの見立てと介入については、心理士の役割であると明確に述べてくれました。

Salling先生は、スウェーデンの国家資格化の経験を説明してくれました。さすがに福祉国家のこともあるでしょう、理想的な心理職国家資格化を達成しています。心理職養成のカリキュラムを少しずつ拡充して、質の高いものにしていく粘り強さは印象的でした。

日本からは、乾吉佑先生が日本の国家資格の検討の歴史と現状をわかりやすくお話しくださいました。臨床心理職を医行為とするかどうかについての議論についても、その経緯を丁寧に説明してくれました。平木典子先生は、心理学諸学会連合の動きについてお話くださいましたし、亀口憲治先生は、システム論な観点も含めて、より大きな視点から国家資格化を議論してくださいました。

(これは私の個人的なまとめです)

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再開のお知らせ

しばらくお休みしていましたが、「緊ブロ」再開いたします。

(ほんとうにお久しぶりです)

この間、いろんな動きがあったようですが、

どうやらいよいよ国会資格問題が正念場の情勢となっているようです。

完全にフォローできていませんが、

情報発信しながら、

サイバー上のいろんな情報もキャッチアップしていきますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

(ブログタイトルに「ときどき」を入れて、「と緊ブロ」とさせてください)

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2006年1月30日 (月)

日精協と「医療心理師」推進協 <続報>

日本精神科病院協会(日精協)の雑誌「日精協誌」の記事に関してですが、知り合いの方から該当箇所のコピーをいただきました。その記事によると・・・、

平成17年度11月10日(水)の臨時常務理事会の審議事項の「6.医療心理師国家資格制度推進協議会について」という標題で、以下の文章になっています。

「○○会長、○○常務理事の提案により標題について審議した。標題の推進協議会については解散を申し入れることとし、医療心理師の国家資格化問題については専門対応チームを設置し、日精協独自に検討することとした。

 また、通常国会において議員立法として提案予定された「臨床心理士及び医療心理師法案要綱骨子(案)については、すでに機関決定により日精協はこれに反対したことを確認した。」

という議事録内容です。

これは昨年11月の常務理事会での審議内容ですから、その後何らかの動きがあったのではないかと思います。推進協が解散したという情報は私の耳に入っていませんから、どのような状況になっているか知りたいところです。

また、「医療心理師の国家資格化問題」について、「独自に検討」となっているところも気になりますね。

独自の検討とは、以前のエントリーでふれた日精協の「医療保健心理士(仮称)国家資格制度に向けた専門対応チーム」による検討のことをさしているのでしょう。

文面どおり読むと、「医療心理師」の検討を、「医療保健心理士」(以前の厚生科学研究で検討されたもの)の枠組みで検討し直そうという推測もできます・・・。これはあくまで私の連想ですが。

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2006年1月26日 (木)

日精協、「医療心理師」推進協の解散を申し入れ?

雑誌に載っていたという記事なので、ご存知の方も多いのかもしれませんが・・・。

日本精神科病院協会の発行している「日精協誌」2006年1月号に、国家資格に関する記事が載っていたそうです(読んだ方からの伝聞情報です)。

平成17年11月10日の常務理事会において、医療心理師国家資格制度推進協議会(「医療心理師」推進協)については解散を申し入れることを決めたとのことです。また、医療心理師の国家資格化問題については専門対応チームを設置し、日精協独自に検討することにしたとのことです。

「医療心理師」推進協が内部でごたごた(?)していることは、すでに医療関係団体からの反対声明によって推測していましたが、この情報が正しければ、日精協による「解散の申し入れ」という事態にまで発展していることが、公式に確認されることになります。

また、日精協が「専門対応チームを設置し」「独自に検討する」と述べているのは、先のエントリー「日精協の心理職国家資格に関する動き」でふれた、「医療保健心理士(仮称)国家資格制度に向けた専門対応チーム」に該当するものと思われます。

2ヶ月以上前の会議の内容なので、その後「水面下」ではいろいろと動きがあるのかもしれません。情報共有ということで念のためアップしておきます。

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2006年1月 9日 (月)

臨床心理士会ワークショップでの国家資格に関する講演

昨日(もう一昨日、2006年1月8日(日))になりますが、

日本臨床心理士会主催の「第13回医療における心理臨床ワークショップ」において、

「臨床心理士の国家資格をめぐる諸問題」と題する講演が行われました。演者は、心理職国家資格問題についてその経緯を熟知されている、心理士会統括副会長の乾吉佑先生でした。

午前中の2時間をかけての講演で、心理職国家資格をめぐっての40年以上前からの経過の説明や、なぜ国家資格が困難なのかという情勢分析、昨年の国家資格をめぐる動きなどを、非常にわかりやすく説明してくれました。

会場にはたぶん1000名近い(?)臨床心理士が参加していました。資料などとても参考になると思うので、参加した人が近くにおられれば、ぜひ資料をみせてもらうとよいでしょう。

講演の内容に関して、ここで整理して正確にお伝えするのは、私には無理なので、講演を聞いて印象に残った点をいくつか・・・(ですから、あくまで文責は私です)

まず、非公式およびブログ上で国家資格に関する情報や考えを知ることは多かったのですが、公式の場で臨床心理士会幹部の先生から、ここまで丁寧に話を聞けたのははじめてでした。とてもよい機会だったと思います。国家資格をめぐる半世紀近い「戦い」の歴史を知ることで、いろいろと考えさせられました。

国家資格を作るためには実績を作ることも重要ということで、資格認定協会、スクールカウンセリング(SC)事業、臨床心理士会(職能団体)、県心理士会、指定大学院などを作ってきたが、それらの実績作りの中で問題も生じている、というようなことをおっしゃっていました。この認識がきけたことは、私にとって少し救われる思いでした。このあたりのニュアンスは講演を直接聞いていないとわかりにくいかもしれませんが、SC事業や指定大学院の一部の問題などを見聞きして心を痛めている(し何とかならないかと気をもんでいる)私として、自分のやれることをやっていこうと、少し励まされた感じです。

実績作りのためにがんばっていたら、一方で「民間資格なのに」などと言われてしまう幹部の方々の大変さに、少し共感してしまいました(共感しすぎかもしれませんが・・・)。

医行為か医行為でないかの長年の議論が、国家資格を妨げる要因のひとつであるという話は、今回も強調されていました。その中でカリキュラムの話が出て、診療補助職の理学療法士では、医療関係科目が89%、言語聴覚士では医療関連科目が45%などとなっているということ。診療補助職となると、医療関連科目の割合が多くなり、それが心理職の養成としていかがなものか、といったお話でした。この点は、私もこのブログで、過去に問題提起している点です(教育カリキュラム)。臨床心理専門職のアイデンティティの認識と、養成カリキュラムとは密接に関係すると思います。

昨年の国家資格検討の中で、医師の指示に関して、「病院、診療所で医行為に伴う業務を行う場合は、それが医行為ではなく責任の所在を明確にするということで”医師の指示”としていただいてよい」という見解が示され、この見解はこれまでの臨床心理士会の見解からすると一歩踏み込んだものだということも強調されていました。この内容は、骨子にも反映されましたね。心理士会として大きな譲歩だったと思いますが、乾先生から丁寧な説明がなされました。

私の意見ですが、これは「みなし医行為」ともいうべき新しい法的概念ではないかとさえ考えてしまいます(あくまで私の意見ですよ)。保助看法を一部解除せず、しかし医師の指示下におくという方法ですね。これには似た前例はあって、管理栄養士は近い形をとっていると思います(似たようなコメントはたくさんいただいていますね)。この考え方は今後も維持されるような感じです。

あと、乾先生としては、前回検討された法案骨子は「流れた」のではなく、検討が「止まっている」という認識であると強調されていました。今後、この法案がどのように扱われるか要チェックということなのでしょうね。

ニュアンスが違う点もあるかもしれないので、参加した方々の修正などコメントをお願いします。なるべく多くの人に情報を知ってもらいたいので、ここに印象記ということで記しました。

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2006年1月 6日 (金)

日精協の心理職国家資格に関する動き

すでにご存知の方も多いと思いますが、日本精神科病院協会において、心理職国家資格のための検討チームが立ち上がっていますね。

日精協のホームページの月間予定の2006/1/18欄に
「医療保健心理士(仮称)国家資格制度に向けた専門対応チーム 17:00〜」
の予定が入っています。 
(医療と心理士の間に「保健」が入っています)
過去の予定をみると、2005/12/1にも同じような会が開かれていますので、すでに検討がスタートしているのでしょうね。

どのような内容の検討がなされているか、ぜひとも情報公開してもらえると幅広く議論ができてよいかと思います。情報をお持ちの方はぜひともコメントをお願いいたします。この検討チームで幅広い意見を集約するために、多分野からの意見収集のヒアリングやシンポジウム等が企画されるとうれしいです。

特に、国家資格の範囲(医療限定か汎用か、医療限定にするにしてもその範囲)、学歴(「大学院」か「学部+研修期間」か)、医行為との関連(保助看法解除、医師の指示)などについて、どのような議論がなされるか注目しています。どうかこれまでの議論の枠を越えて、幅広い視点から検討がなされることを期待します。

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2006年1月 3日 (火)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

(少し遅れたご挨拶ですが・・・)

このブログも昨年6月に立ち上げてもう半年たちました。最近は、のんびりペースのエントリーですが、マイペースで運営していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

心理士の国家資格問題について、今のところ国会上程の情報は入っていないです。ただ、この手の話は昨年同様、突然ということも多いですから、気を緩めず注視していきたいところです。

この国における「心の支援」を考える上で、心理職の育成と質の維持は、国家的問題でしょう。その育成と質の維持として、国家資格を考える動きが出るのも必然です。ただし、現状の心理職が、国民が求める「心の支援」を充分に行えるかというと、残念ながらまだまだ不足している。ただ、その不足は現行の心理職の責任もあるかもしれないけれど、民間に任せてきた国家の不作為の側面も考えられる。

もちろん、他人のせいにして物事を進めたくないので、心理職自身が「心の支援」を国民から安心してまかせられるためにどうあるべきか、このブログでは考えていきたいと思っています。この件について、当ブログでは多くの皆さんから意見をいただきました。

今年も多くの方々のご意見をお待ちしています。

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2005年12月 5日 (月)

こころの支援と医学モデル

今から20年前の話ですが・・・。

ある新聞に、「不登校の多くは(精神分裂病(当時)のような)精神疾患を有する」といった記事が一面に載ったことがあります。医学的治療が必要な群が含まれているのは事実ですが、多くは統合失調症という見解はさすがに厳しいところです。社会の心の問題を、医学モデルでみようと無理した一例です

DSMができて、さすがにへんてこな診断がまかり通ることはなくなりました。
しかし、DSMに定義された診断であっても、
その医学的実体がどの程度あるのか疑問な診断カテゴリーもあります。たとえば、人格障害のカテゴリーの中には、はたして疾病単位として成立するか首をかしげるものがあります。

診断→治療という医学モデル介入には、非常に強力なパワーと有効性があります。しかし一方、医学モデルのみの枠組みでは、充分にとらえきれない社会と心に関する現象もあるという認識が、重要と考えます。
 
自殺予防に対する支援を話し合う時に、最近しばしば問題となるのは、「自殺予防対策=うつ病対策」となることです。もちろん、自殺者の中にうつ病の人が多いのも事実と思いますが、うつ病対策(医学モデル)のみでは、有効なうつ病予防対策を打ち出すことができない。医学モデルから学ぶことは多いのですが、社会の中のこころの支援を論じるにはそれだけでは決定的に不足していると考えます。

確かに、心理臨床の世界にも、医学モデルに基づいてこころの支援を整理しようという動きがあります。米国心理学会(APA)の第12部会(臨床心理学部会)が、1995年にガイドラインとして出した「十分に確立された介入法」などをみると、精神医学的診断別の介入法が議論されていて、医学モデルに基づいて心理臨床の介入を整理していることがわかります。

医学モデルに基づく介入法の検討が重要であることはわかります。しかし、それがこころの支援や臨床心理的介入の基礎と考えるのであれば、それは間違っているでしょう。医学モデルによる実践は、私が現場で行っている活動の一部を占めるにすぎません。医学モデルのもっと根本のところに、「心理臨床モデル」といったものがあると考えます。「心理臨床モデル」というか、「臨床人間学的モデル」といった方がよいかもしれません。そして、そのモデルを土台として臨床心理学が成立しているといってよいでしょう。

「医学モデル」に基づく介入のみでは、病気をみて人(の心全体)を見ずということに陥りかねません。特に、その医療モデルに基礎をおく心理士が、医療心理師法案のような学部4年間で養成されるとするならば、「木をみて森をみず」の傾向はますます強まるでしょう。学部4年間では、技術の習得だけでせいいっぱいですね。人間の心の存在のあり方といった大切な思索をする間もないでしょう。

誤解のないように繰り返します。
こころの支援を行うにあたって、医学モデルによる考察は必須です。その考察のないこころの支援はありえないと考えます。医学モデルに基づいたこころの支援もあってよいと思います。しかし、医学モデルによる介入のみが、心理臨床活動ではないと思います。また、医学モデルに基づいた介入が心理臨床活動の中核ではないことを強調しておきたいと考えます。

このように主張する私ですが、「医学モデル」ではない視点を大切にするよう教えてくれた先生や諸先輩の中に、医師の方々もたくさんおられます。今から考えても、自分の依拠する分野の限界を意識して実践を進める諸先輩には頭が下がります。しかし、「医学モデル」でない視点とは何なのか、その大切さも含めて私にはピンときませんでした。

その後、現場の実践を積み重ねる中で、医学モデルで対応すべきなのにしていない事例にたくさん出会いました。一方、医学モデルで対応すべきでないのに、医学モデルにのってしまい、不適切にゆれている事例にも多数出会いました。それらの事例を検討しながら、医学モデルや心理臨床モデルを意識しつつ、かつ柔軟に展開させていくことの大切さを身に染みて痛感するようになりました。なかなか難しいけれど・・・。

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2005年11月19日 (土)

医療限定資格の不自然さ・・・こだわっています

大事なことなので繰り返し・・・。

 

医療限定資格が医療限定に決してならないという話です。

 

私は、ある曜日は病院でカウンセリングを担当しています。その時は「病院の心理士」です。しかし、別な曜日は、学校でカウンセリングをしています。その時は「スクールカウンセラー」です。企業で活動している時もあります。その日は、「企業の心理士」です。

 

このように、病院や地域など複数の場で働いている心理士は多いと思います。

 

もし医療限定資格(医療心理師)のみができたとしましょう。医療限定の資格で医師の指示を受けます。この資格しかないのであれば、病院で働く私はこの医療限定資格(医療心理師)を取らざるを得ません。病院ではもちろん医師の指示を受けます。病院の場ですから、医師の指示下は当然です。

 

一方、学校においてスクールカウンセラーで働く場合はどうでしょう。学校に行くときには、私は医療心理師の看板をおろして活動ができるでしょうか?そんなことは無理ですよね。医療心理師の有資格者の私が、学校で働くことになるのです。

 

ということは、学校で働いていても、医療心理師として医師の指示の下におかれるという現象がおきます。学校で働く場合は、心理士は学校管理者たる校長の指揮下におかれるべきです。学校のサービスの一環として、心の支援サービスが展開される必要がある。必要に応じて(長く通院している生徒について対応をはじめる時など)、医師の指示下におかれるのなら判ります。しかし、学校の活動全般にかかわる形で身分法として、医師の指示下というのでは都合が悪い訳です。

 

企業においてはどうでしょう。企業の場合は、社長を頂点とする企業人事システムと産業医をトップにおく産業保健システムとの間に心理士はあって、その微妙なバランスの中を行き来している感じです。その微妙な動きができるのが産業精神保健の醍醐味なのです。仮に医療心理師のみができると、身分法で医師の指示下におかれることになる。企業人事システムに入っていても、医師の指示下におかれるという事態となる。これでは、心理士のこれまでの柔軟な活動を大きく制限されます。

 

つまり、医療限定資格であっても、横断的に複数の現場で心理士が働いている状況においては、実際には医療限定とはなりえない。そして医師の指示も医療機関以外に事実上広がってしまうことになるわけです。

 

医療以外に、教育、産業、司法・矯正、その他幅広い分野で活動している心理士の実態にあった横断的な国家資格にしなければ、ねじれが生じ不自然な資格制度となります。ねじれた不自然な制度は、国民のためにもならない制度となると考えます。

 

医師の先生方にとっても、指示の範囲が大きく広がってしまうことは危険なのではないでしょうか?指示には当然責任も伴います。初診でみた患者さんがスクールカウンセラーのところにもたまたま通っていたならばどうなるのでしょう。事情がよくわからないのにそのスクールカウンセラーが医療心理師有資格者となれば、医師は法的には指示しなければならなくなる。学校の事情も不明な中で責任を持つことになればそんな危険なことはありません。ただでさえ多忙な医師たちが、これ以上の無理な責任を持つことに対して、私は本当に心配しています。

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